アルドノアゼロ。ネタバレ感想。 | アラサー、サッカー、オタク。

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ハッピーエンド厨なので、最低の終わり方でした。
日頃、ポジティブに生きようとか、元気でいないな、とか、そういうプラスのものを求めて生きてる自分からしたら、悲しさしか残さないものに価値を認めたくないんでしょうね。

アニメを作る理由にも、見る理由にもいろいろあって然り。
見届けたなら、いろんな感情をぶつけていいよね、って事で作品から感じたことをひたすら文字に残す作業をします。

あらためて、最低な終わり方でした。

その考えの根底にあるのは、作品はどこかで人を幸せに、プラスの力を与えてくれるっていう事です。
まだ作品全体が終わっていない、という反論がありそうですが、だとしたら救いのないこの悲しい感情のやり場の無さを残した時点で、やっぱり最低です。

逆に言えば、これまでは自分の中の評価が高かった事も言えます。
絶望に立ち向かう勇気は、困難にある人のあるべき姿を描いているような気がしていました。
作品の中に人の死が満ち満ちていても、それでもいつか幸福が訪れるだろうと感じていました。
そういった期待感に対する裏切りのようなものを感じている部分も大きいのでしょう。

戦争は悲しさしか生まない。
そんな現実の戦争を作品でも表現したかったのでしょうか。
見方を変えれば、最後まで諦めなければ本望を遂げられるというのがメッセージなのでしょうか。

この作品を見れば、確かに戦争って嫌だなって気持ちにはなるでしょう。
友人の死、大切な人を失う人の気持ち、戦争経験からのトラウマ、いろんなものが描かれていました。
ただ、このままでは見ている人を突き落としただけで終わっています。
僕は人の死を描いておいて、悲しいね、嫌だねって終わるのは、生きるってことに対する放棄というか、大事な何かを手放してしまっている気がします。

そして最後に悪い方に想いが遂げられてしまっている事について。
こっちも気分は最悪です。
戦争という悲しい手段でしか恨みを晴らせないような人間の本望だけが達せられる、そんな世界なんて悲しすぎます。
多くの幸せを願った人が死に、個人的な感情で動いた人が思いを達する。
そんなラストに触れて、気持ち悪い感情しか残っていません。

あらためて思うのは人の死を作品の中でもう扱うのか、どう消化するのかは僕の中で大事な要素なんだと再確認しました。
言い方は悪いですが、何のためにどのキャラクターを殺すのか、そこに理由を求められないとダメみたいです。

人の気持ちは何でも理解できる、どんな立場の人も相手の行動は理解できる、そう信じてしまっていた時期もありました。
が、ある程度自分の考えがはっきりすると、どうしても理解出来ない言葉や行動があることを感じています。
いろんなものを受け止めようという、理解する努力は続けようという思考のしなやかさだけは持っていたいです。
ただ、自分のスタンスは明確に持つこと、不快な感覚から自分を守る術はもっておきたいものです。

(´-`).。oO(今の時点では今後描かれる二期?を見ようかは半々です。
思えば空の境界も全部描かれ切ってから見たらすっきりしたので、そういう作品もあるんだと、割り切るべきなのかも。
良くも悪くも話のネタになりそうなアニメでした。