清作の妻 |  ◆ R I N G O * H A N

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歌うパステル画家5*SEASON鈴御はんの蒼いブログショー


「ふたつはひとつ」
目のない小魚と灯を持つ深海魚。



アール・ブリュット、もしくは
アウトサイダー・アートという言葉を
以前にまして耳にするようになった。それらは
心身に障害をもつ人たちが創ったアートをさす。

私は彼らの展覧会等には行ったことはないけれど、
偶然 目にしたり、掲載誌を手にしたり、
WEBで出会ったりということが何度もあり、
そのたびに胸打たれ、深い感慨を味わっている。
彼らの作品は全て無欲であり、
「ただ描きたい」という純白の紙に似た潔さと、
マニアックな独自性、そして強さが共存する。
まさに「心だけ」で描いたアートで、
人に見せたいとか、お金にしたいとか、評価されたいとか、
作品展をやるから、といった意思が介在することはない。
描きたいから描く、その一途さに感動を覚えると同時に、
私には見えない物、感じられない世界が、
彼らには感覚で分かる、と思うと恐ろしくもある。
見えないものが見えるってことは、
たとえば言葉ではなく、心を読むという術があるようで、
内面を見透かされている寒さもそこにはあって⋯。
うらやましいとは思わないけれど、
あの敏感でエネルギッシュな作品たちを
埋もれさせては もったいない。

アール・ブリュットは だから、創作者自身の意思でもって、
私たちの目にふれることはないわけで、
他者によって見い出されるより手段はない。
しかも彼らの才能は、他者の思いやりと援助がなければ、
育むことも、継続することも困難だ。
働いて報酬を得る、このことが不可能だからこそ、
誕生するアートなのだ。最近、それらにふれる機会が
増やそうという活動が活発になってきたらしく、
嬉しい、と私は思う。
無名で無欲のアーティストたちの作品たちが、
私たちに教えてくれるものは少なくない。

増村保造監督の『清作の妻』には、
そんな心を読む「無欲の人」が登場する。主人公は
激しい気性と複雑な生い立ちから孤立を強いられた女と、
村の模範生である若者で、ふたりは ある時、心を通わせ、
所帯を築くことになる。そんなふたりを見守るのがブリュット。
彼は一般にいう知的障害者で、
偏見と差別に満ちた村人たちに さげすまされているが、
実は無垢な心で、ふたりを見守る 優しき人。
愛し合う男女を理解していたのは彼だけで、
また彼を色メガネで観なかったのは その夫婦だけ。
無欲の番人がいたからこそ、
夫婦は戦争の荒波をも乗り越え、手を握り合う。
心の目を持つことが 幸福への鍵なんだと、
番人の姿に今一度、得心した私であった。

ちなみにブリュットはフランス語で
「加工前」「生の」という意味。


【あらすじ】
日露戦争前夜、一家の生計を支えるため、お兼(若尾文子)は60を超えた老人に囲われるが、まもなくして老人は財産の1000円をお兼に遺して他界。大金を手に入れ、お兼の母は上機嫌で村に戻るが、村人たちの目は冷ややかで、お兼は物憂い日々を過ごす。そんな中、彼女は実直な模範青年・清作(田村高廣)と相思相愛になり、周囲の反対を押しのけて結婚するが…。
増村保造監督と若尾文子の黄金コンビで贈る、情念に満ち溢れたヒロイン映画の秀作。差別や偏見、そして戦争といった逆境の中、女の愛が高まりに高まり、しかしそれゆえに常軌を逸した行動に出てしまうまでが、崇高に気高く描かれている。特に戦争と女の悲劇的関係性は、増村監督ならではのモチーフともいえるものであろう。(Amazon.co.jp)

★★★★★☆☆ 7点満点で5点
増村保造センセは いつもいつも、
一瞬の「青春」を映画に留めようとする。本作も同様。
究極に孤独だった女が、究極に愛され、愛を覚え、家を守る。
戦火の時代である、女は男を戦地に奪われまいと、
男に酷い罰を下す。愛の果ての極地であり、
この女の情念を誰が責められよう。
しかし村人たちは女をリンチにさらし、牢獄へと送り込む。

女の想いは情炎であり、これを青春と呼ばず なんとよぶ。
そもそも私の内面に この女のサガがないとは言い切れない。
そうして男。男は罰の果てに盲目となり、
ようやく女の孤独と愛の深さを思い知る。
そんな ふたりの愛が再び高まるのを、
番人・ブリュットが心の目で見守る。
ラストに番人は登場せず、夫婦の日常を淡々と描写。

増村センセの手による文芸作品の映像化。これぞ傑作。
かつて、我が映画の教祖・ワッシー
増村作品の最高峰と絶賛されていた。納得。
ではあるけれど、私的には 正統派すぎたかも。

「情緒を排除する」、これが増村センセならではの、
青春の捉え方であり、フィクション色でもある。
本作で その情緒を取り入れられたのは、
原作の世界を忠実に再現されたからだと想像する。
まず、この映画は原作が素晴らしい。そうして、
原作世界をを崩さず、見事に構築されたマエストロ・
増村センセの技が冴え渡る。

しかし、と思う。愛する男に厳罰を下した女は
愛するが故に走ったのか、それとも、
愛を超えた憎しみが その衝動をかきたてたのか⋯
答えは女自身にも分からないだろうし、私にも分からない。
分かるのは愛し過ぎると、愛は一瞬で憎悪にで変化するのは事実。

確信したことは、愚かな行為に走った女よりも、
戦争というヤツの方が もっともっと愚かだということ。
増村センセは「究極の男女」に焦点をあてることで、
軍国の愚劣と残虐性を充分に滲ませておられる。
ほんまにもう! センセは最高です!

~'06年 新文芸坐にて観賞~






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