まず言い訳から始めます(^_^;
同タイトル
①を書いた際、すぐに続けて②を書きたかったのですが…結局5日も経ってしまいました。
拝見した羽原組の公演は公開ゲネでしたので、なるべく早く書いて宣伝に一役買いたい…との思いもあったのですが、今日はもう千秋楽です![]()
まぁ、こんなローカルなブログ、宣伝効果は皆無と言っても良いので…気を取り直して、今日こそは書こうと思っています。
今日まで書けなかった…
原因その1:本来ならば18日にショートステイから帰ってくる予定だった母、この公開ゲネを観るために1日延長をお願いして、19日に帰って来ました…すぐにケアマネさんの訪問日、相談事が多々あり、相談の「漏らし」がないよう、ちょっと準備が必要でした。
原因その2:父の十三回忌と母の卒寿の祝いを一緒にやってしまおう…という、千葉在住の妹夫婦も呼んでの我が家の一大イベントが昨日でした。
私は直接的にはお祝い会場との連絡調整しか、やっていませんが…母を連れ出すための準備が数日前から必要でした。
原因その3:私は30年ほど前から、平和運動に片足、いえ片足の親指1本くらい突っ込んでいる「なんちゃって平和運動家」です。
この作品を観て、本当に打ちのめされたような思いで、書きたいことがあふれ出てしまい、↑上記のような状況の中で片手間では書けなかったというのが、いちばん大きな「今日まで書けなかった原因」です。
…とは言っても、今日も母を看ながらなので、朝、母が起きてくる前に書き始めてますが、書き終わりは夜になるかも知れません。
いや、結局、明日になるかも![]()
すみません、いつもに増して前置き長すぎです…
①から読んでいただけると嬉しいです…①の中で、この話もしてますし繋がっています![]()
2025.11.18脳活プログラムと羽原組のマチソワ① | Chieのブログ
羽原組 戦後80年スペシャル 星の流れに(公開ゲネプロ)赤坂レッドシアター
ご案内をくださったのは久留飛雄己くん(劇団青年座)昨年の『フラガール』に続いての羽原組への客演で、『フラガール』も、とても良かったので、絶対に観に行きたいと思い、ケアマネさんに無理を言って、母のショートステイ1日延期に踏み切りました。
久留飛くんとは、彼の大学時代、アマチュア同士で共演させてもらったことがある…というご縁です。
山梨県民参加劇『危機一髪』という作品でした…ブログ、フォローしてました![]()
2012年ですから、もう13年も前になるんですね~月日の経つのは早いわ。
羽原組主宰にして脚本・演出家の羽原大介さんは、私より、ちょっと年下のほぼ同世代。
映画の脚本も書いていらっしゃるとのことで『パッチギ!』も『フラガール』も公開時に観ています。
同世代の演劇人が、しっかりと「戦後80年」と向き合ってくれるというのは本当に嬉しいことです。
公開ゲネで、このクオリティーだったら、本公演はどうなんてしまうのだろうと思うくらい、素晴らしいお芝居でした。
『星の流れに』は、1947年(昭和22年)発売の歌謡曲です。
有名歌手にオファーを出したところ「パンパン歌謡なんて歌いたくない」と断られたというのが有名。
結局、菊池章子さんが歌って、大ヒット…その後、美空ひばりさん、八代亜紀さん、藤圭子さん、ちあきなおみさんなど、数え切れないほどの歌手がカバーしています。
私は歌声喫茶の司会などのお手伝いをしていますので、この時代の歌謡曲について調べることも多いのですが…ここまでカバーしている歌手が多い曲はそうないよね~という印象を受けました。
歌詞の「こんな女に誰がした」というフレーズが超有名で、私も子どもの頃(昭和40年代?)に聞いたことがあります。
ただ、何かお笑い番組でパロディにされていたのを聞いたような気がします。
そして長いこと「こんな女に誰がした」という言葉の意味を知らずにいました。
…と言うか、歌詞を全部、確認?したことがありませんでした。
3番の歌詞が、このお芝居の根幹を担っているのかな…と推察いたします。
飢えて今ごろ 妹はどこに
一目逢いたい お母さん
唇紅(ルージュ)哀しや 唇かめば
闇の夜風も 泣いて吹く
こんな女に誰がした
すごいのは『星の流れに』というタイトルにしておきながら、この曲が主題歌というわけでなく、むしろ『リンゴの唄』とか『銀座カンカン娘』とか、明るい戦後歌謡で歌い踊るシーンが多かったこと。
そして、戦中戦後の悲惨な(一言「悲惨」では言い表せない)状況は、それぞれの登場人物が台詞で語るわけですが…それが心に沁みるのなんの。見事な対比です。
東京大空襲で逃げる途中、倒れてきた火の見櫓の下敷きになった母を置いて逃げなければならなかった娘、逃げて欲しい母、置き去りにしたくない娘、どちらの気持ちも痛いほどわかり流れる涙を止めることは出来ませんでした。
井上ひさしさんの名作『父と暮らせば』へのオマージュですね。
出身地もまちまちという設定なので、広島出身の人が、原爆症を発症するかも知れないからと結婚を反対されたりもします。
歌とダンスで慰問に行く予定が、風邪をひいたので行けず、代わりに行った友が民間人なのに「戦死」してしまった…のはヒロインの妹。
「辛いだろうな~」「悲しいだろうな~」くらいしか共感できなくてごめんなさい
と思いながら観ていました。
久留飛くんは、ヒロインの許嫁の復員兵役。
おまえと結婚するために生き延びて帰って来た…と、若干恩着せがましい
ところがキュート。
いえ、表面上、そういうキャラにしてありますが、もちろん、生き延びるのも、帰ってくるのも、本当に本当に大変だった(「大変」では言い表せないくらい)のだろう…という「背景」が程よく見えて来ます。
この塩梅が絶妙で、青年座仕込みの演技力に、羽原さんの演出力が掛かれば、向かうところ敵なしだな~と思いました。
陸上競技で三冠取ったら結婚して…と中学生時代に申し込み、一途に思い続けていた鉄平さん…素敵です。
実は相撲やら競技カルタやらも学校で一番となり七冠だったというオチ(?)も最高![]()
(カテコ写真で「七冠」を指で表現している最後までお茶目な鉄平さん)
パンフレット、もちろん買いまして、じっくり読ませていただきました。
なんと
久留飛くん、我が息子と同い年、誕生日も1日違い、当然、星座も同じ、さらに血液型も同じ。
舞台照明機器を作っている(会社に勤めている技術者の)息子のことを、私は「板に乗る人、照らす人、そのまた機械を作る人」と表現しています。(籠に乗る人、担ぐ人、そのまた草鞋を作る人…のパロディです)
そっか、その年代か…と再認識しました。
パンフレットの対談によると、久留飛くんのお祖父様は学徒動員で戦争に行った経験があるとか…直接、身内から戦争に行った話が聞ける最後の世代だと言っていました。
そうですね、息子と同じ歳ということは、親御さんが私と同世代、お祖父様は我が父より、ちょっと上といったところでしょうか。
我が父は1930年(昭和5年)生まれでした。
上述したように「なんちゃって平和運動家」の私は学徒動員で出征した経験を話してくれる知人が何人も居て…彼らはだいたい1957年(昭和2年)生まれでした。
「少年兵日記」を自費出版した人も居ます…買って読みましたが、「自分のほうが階級が上なので、自分の父親くらいの新兵を殴らなければならないのが本当に嫌だった」と書いてあって、「この殴られていたのが(終戦間際に30歳超えで出征した)私の祖父かも知れない」と思いました。
祖父は帰ってきませんでした。
母は認知症ですが、歌声で『里の秋』を歌いながら号泣します。
10歳だったときに、大好きな父親が戦死したのですから…80年、経っても忘れられないのです。
母は甲府空襲も経験しています…が、認知症になってしまったので詳しい話を聞くことはできません。
祖母は102歳まで生きましたが(30代で死ぬしかなかった祖父が寿命を残してくれたと親族は信じている)戦争のこと、祖父のことは語りたがりませんでした…仕方がなかったんだよ、みんなそうだったんだから…とだけ1回、聞いたことがあります。
あ、すみません、我が身内のことを書いてしまいました。
久留飛くん、お祖父様から、たくさんお話を聞いて後世に繋いでね…私のように「もっと話を聞いておくんだった」と後悔のないように。
…なんてことまで深く考えたり、思い出したり出来るくらい素晴らしいお芝居でした。
久留飛くんはもちろんのこと、羽原組も、これからもずっと応援し続けます。
最後に…演劇用語に馴染みがない方がお読みくださってることも想定して…またもや「ローチケ演劇用語集」から引用します![]()
ゲネプロとは?
ゲネラルプローべ(Generalprobe(独))の略で、コンサートや芝居などの舞台において、本番と同じ条件で行う通しリハーサルのこと。 ゲネとも略す。 出演者、技術スタッフ、演目、場所、舞台装置、機材など、全ての条件を本番と同じにして、最初から最後まで通して行うリハーサルで、リハーサルの中では最終的な時期に行うもの。
あ?「ローチケ」は「ローソンチケット」の略です
何とか…今日(11/24)中に載せられそうです\(^o^)/
そだ、そだ、①を読んでくださった方
へ、答え合わせしなくちゃ。
脳活性化プログラムに行くと…その日の午後か翌日に「ラッキーなこと」があるというジンクス![]()
もちろん良いお芝居が観られて、終演後の役者面会も出来て、ラッキー続きでしたが、その前にひとつ。
赤坂レッドシアター久しぶりだったのですが、新発見がありました。
最寄りの赤坂見附駅の駅構内お手洗い
を探しているうちに、もしかしたら、この改札出れば赤坂レッド近いんじゃね?という改札を発見![]()
11番出口を出れば目と鼻の先でしたわ…これは観劇ヲタにとって、とても嬉しいことです。
私はとっくに知ってたよ…って方も多いでしょうけど…私には新発見でしたので、とても「ラッキーなこと」でした![]()






