〝二度見たくはないビデオ〟 | 好文舎日乗

好文舎日乗

本と学び、そして人をこよなく愛する好文舎主人が「心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつ」けた徒然日録。

話は一昨日(8日)の深夜に遡る。日付が変わろうとする頃、S君から電話があった。CテレビのディレクターであるIさんも一緒だという。

13日の僕の披露宴で流すのに、先生のビデオメッセージを録りたいんですが、いいでしょうか?」

「何を話せばいいのかな?」

「僕が受験に失敗した時のこととか…」

「えっ、Uがいるのに? それは無理でしょ!」

「無理ですか? あっ、ちょっとIさんに代わります!」

「先生、ご無沙汰しております。Iです。ドラフトの夜以来ですね」

「あっ、S君がいつもお世話になっています」

「先生、どうでしょうか? Uさんが出席されるので、先生が出てくれないとS君から聞きまして、『君の一番辛い時に傍にいて支えてくれた人じゃないか、ビデオでメッセージをもらって来い。僕が編集してやるから』と言ったんです。あの1年間の浪人生活が現在のS君の原点だと僕は思うんですね。若いふたりが困難に出遭った時、『ああ、あの時、俺はこんなに頑張っていたんだ』と振り返ることができるようにしたいんです。ご協力願えませんか?」

当日欠席する負い目もあって引き受けた。明日(既に日付は9日になっていたから、正確に言えば「今日」である)S君がビデオカメラを持って僕の所に来ると言ったが、13日の準備等で忙しいだろう。生徒たちに事情を話し、夕方、僕が名古屋へと出向くことにした。

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9日の午後5時に名古屋駅でS君と待ち合わせ。S君の行きつけの居酒屋で食事。その後、S君のマンションへ。しばらくするとフィアンセのN子さんが到着。S君のお母さんが「あの子にはもったいない程のいい子ですよ」と言っていたが、その通りである。9時半頃、仕事を終えたIさんが到着。いよいよ撮影開始。結論から言って、S君とN子さんのふたりにとっては思い出になりそうなビデオではあるが、僕にとっては2度と見たくない内容となった。それはIさんから「様々な方面への影響を考え、S君が一浪した原因を彼の学力不足とさせていただきますので、よろしくお願います」と言われたからである。N子さんの手前、今さら嫌だとは言えない。不本意ではあったが、〝毎日自宅に通って、無償で学力劣等の教え子の家庭教師をした先生〟を演じた。「先生は担任でもなく、強化担当でもないS君をどうしてそこまでして面倒見たのですか?」という質問には一番困った。母校による進路妨害によって進退窮まった18歳の男子高校生に救いの手を差し伸べただけの話なのであるが、それを話せない以上、S君は〝勉強嫌いが災いして大学受験に悉く失敗し、自棄になって就職したものの、「やっぱり野球がしたい」と恩師に泣きついた教え子〟でしかなく、僕も〝自分のプライベートな生活を犠牲にまでして、無償の家庭教師を引き受けたお人好しの先生」でしかないのである。

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あれは命懸けの戦いだったのだ。中途半端な美談に仕立て上げられてしまってはいい迷惑である。近頃、多忙を極めて更新もままならないけれども、時間を作ってS君と僕との〝本当のこと〟を書いておきたいと思う。