皆さんは格闘技と聞くと何が思い浮かびますか?

危険?野蛮?痛そう?怖い?

確かにそういったイメージはあります。決して紳士淑女のスポーツではないし、攻撃的ですね。たまには流血や骨折もあり得ます。

しかしそれは、プロ選手が全力でぶつかり合う試合での話です。

ですが、試合ですから、もちろんルールがあり、規律があります。決して無茶苦茶やっていいわけではありません。

例えば寝技のある総合格闘技や、柔術は、相手に技を極められて、抜け出す術がなくなると、「まいった」の意思表示をする義務があります。正直、負けを認めるこの行為は本当に悔しいし、本当は「まいった」なんてしたくないです。 

 

ですが、この「まいった」をしないとどうなるか.....

 

関節は可動域を超え、靭帯を損傷し、大怪我につながります。→全治何ヶ月....⁉️

首を絞められてたら、呼吸出来なくなり、失神します。→脳に酸素がいかなくなって障害が....⁉️

 

つまり、今後の選手生命はおろか、下手すれば、命まで危険に晒す可能性ばかりです。

試合はその一瞬で終わりますが、1人の人間としての人生はそこでは終わりません。

「まいった」は自分の未熟さを認め、まだ学ぶことがあることに気づき、未来に繋げる為にとても大切な行為です。

そして、試合で負けても、選手同士はお互いに敬意を表し、試合後にはハグをします。

どちらも試合まで全力で練習し、辛い減量に耐え、この場に立つことだけを目指して来た結果を出し切る場であるからこそ、負けを認める強さも必要です。

でも、練習も試合も、全て自分以外の誰かがいなければ出来ません。

柔術をはじめ、全ての格闘技は1人では出来ないスポーツです。相手がいて初めて成立し、相手の胸を借りて強くなったり、上手くなったりと成長していくことが出来ます。

練習中から自分勝手にやれば、お互いの怪我やそれ以上のリスクに容易くつながります。

つまり、直接ぶつかり合うスポーツだからこそ、普段以上にお互いが相手を思いやり、尊重し、己を律しなければ何一つ成立しないのです。

格闘技は相手を屈する力をつけて、相手を破壊する競技ではなく、負けを認める強さ、未熟さを受け入れる強さ、学ぶことを続ける強さを修得する手段だと思います。

それはプロでなくとも、全ての格闘技をする人に言える事です。

趣味として行う格闘技は性別も、年齢も、社会的地位も、国籍も、その他ありとあらゆる個人的背景は関係ありません。ジムに来る全ての人が対等です。

相手が誰でも、変わりなく尊重しあい、思いやることで、楽しく怪我なく趣味としての格闘技を楽しめます。そしてここでしか出会えない気付きや学び、体験をすることで、人生をより豊かにすることも可能です。

格闘技をする目的は人それぞれですが、私は帯の色が変わることや、強くなることが最終目的ではないと考えています。強くなればなるほど、己を律し、相手を尊重する心を成長させること、どんな事にも感謝できる心がけが最も大切な目的だと考えています。

 

今こうして、新型コロナの影響でジムも閉鎖し、格闘技ができない状況になったからこそ、改めて気づいたのは、相手がいて初めて格闘技が出来たこと、コミュニケーションが出来たことは、当たり前ではなかったという事です。

そして人と人がどんな形でも出会う事で、自分の中で変化が生まれ、成長する機会をもらえていた事に気づけました。

私は皆様に格闘技を教える立場ですが、格闘技を通して出会った全ての方から、私も日々沢山の気付きと学びをいただいています。本当に感謝です。

そこには帯の色も経験値も、強さも、年齢も性別も関係ありません。格闘技はいつか出来なくなる時が必ず来ますが、格闘技を通して培った内面的成長は、死ぬまで続けることが出来ます。

内面的成長にはここまでというゴールも、これという正解もありません。しかし、成長するには人との繋がりが大切な事で、たった1人では出来ません。

格闘技は相手を傷つける手段ではありません。自分が視野を広げ、自分の傲慢さや未熟さに向き合える手段の1つだと思っています。

もちろん、格闘技を始めた当初はそんな事を考えたこともありません。ただひたすら強くなりたい。試合で勝ちたい。上にいきたい。そればかりでした。

しかし、格闘技を通して色々な方と出会ううちに、技や強さは内面の在り方からくるものかもしれないと感じました。そう思わせてくれた彼らから、謙虚である事、感謝する事、己を律する事、穏やかでいる事を学びました。彼らはとても強いけれど、とても温かく、とても謙虚です。

試合で勝てば良いだけじゃない、強ければいいわけじゃない。なぜなら、格闘技内の力の強さは私生活では何の役にも立ちません。

でも、格闘技を通して学べた謙虚さを心がけること、己を律すること、感謝する事は、私生活で大変重要な事だと実感しています。

私の中で、格闘技は野蛮で危険な行為ではなく、数ある内面的成長の手段の1つだと考えています。

まだまだ学ぶことも多く、終わりはありませんが、格闘技ができない今だからこそ出来ることをしようと思います。

 

まずは苦手な読書に挑戦しています。(漫画ではなく活字です。)笑