現在、この町に引っ越してからは、私の周りは、ほぼみんな香港人。
皆さん、英語はそれなりにお上手。
大人数が集まるとほぼ広東語になる。
私はポツーンとなる。
2,3人グループだったら英語で話してくれる傾向ある。
みんなが広東語ばかりになると、そしてそれが2,3時間続くと、「あ、私、帰ります」ってなる。
ある日、そんな場面に対してJちゃんが「ほらほら。AI使って翻訳して!」っと私に言った。
みんなが話す広東語を私がAIを駆使して理解しろというのだ。
私はイラっとした。そうじゃないねん。と思った。
AIは、「そういうもの」じゃないと思う。
言葉は、単純に言語だけの役割じゃない。そこに心が含まれている。
私はロナ氏にも文句を言った。「私はみんなでお喋りするとき、英語使ってほしい。私、透明人間みたい。」
ロナ氏は「僕は英語使ってるよ。みんなのことは、あなたがみんなに直接言えばいいじゃん」
ふむ。まぁ、言えるけどさ。私はもうすでにイラっとしているので、感情的になりやすいんだよなぁ。
最近仲良くなったPちゃんがみんなにハッキリ言った。
「おい、みんな、英語を使え。ここはイギリスだ。敬意をもって生活しなさい」
私はちょっと涙が出た。私はなぜ自分がウルっとしたのか分からなかった。
きっと「自分は無視されている」って感じていたのかな。
でもそのPちゃんの発言以来、私の意識がちょっと変わった。
私のことを想ってくれない人とは、接しないようにしようと思った。
そして私はああなりたくないなと強く思った。
彼らはいい人たちだし、いつでも広東語バブルの中にいて、快適に生きたいのはわかる。
でも目の前にいる人を無視して、発言したり行動する人に私はなりたくない。
私だけはめっちゃ英語上手になったるねん!!!っていう反骨精神も出た。
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数日が経過。
あれ?なんかみんな英語を話してくれるようになったの?
後日、Jちゃんが言った。ロナ氏がみんなに「英語で話そう。特にはるかがいる時はね。」
って言ってくれたみたい。
私も私で、ちょっとアピールするようにした。
みんなが帰る時に、「今日は楽しかった〜!みんな英語話してくれてありがと〜!英語使うの、しんどいでしょ!でもたった一人の私のためにありがとう笑」って笑って感謝を伝え続けた。あくまでも気軽な感じで。重くなりすぎないように。
そんな日々を過ごしていたら、最近一番仲良いPちゃんの英語が上手すぎて、ふぅ、ヒィ、ついていけない〜と思う時がチラホラ。
ほんま、もっと英語上手になりたい!