昨日の記事の続き的な感じですが、
「こんなことが起こったのはツインレイだからなんだー!!」
って驚いたり、フムフムと納得したり、という時代は私の中で終わりました。
もう普通のことです。
「離れてるけど一緒なんだ」なんて、いちいち確認したりしなくても当たり前。
普通のことです。
どっちの視点に立っているか?
分離している視点。
ヒトツである視点。
(統合という言葉は使われ過ぎて一部に誤解も含んでるので、あまり使いたくないのです)
ヒトツである視点に立っている比率が大きく増えたため、
いちいち驚かない、確認しない、という風になったのだと思います。
分離の視点にいると、
彼と一緒にいない場合、辛い感情をメインに感じるし、離れていてもヒトツであるというサインがある度に喜んだり安心したりします。
だんだんと、分離の視点でいる時が少なくなって、とうとうヒトツである視点でいる時の方が多くなりました。
ヒトツ視点が過半数になったのです。
ツインとヒトツであるばかりではなく、関わる人達、仲間とも、分離などしていないと分かるようになり、それが当たり前であると思います。
意思を伝え合う場合は、言葉を使ってきましたが、使わなくても伝わってきたり、伝わっていたりするのも普通です。
世界もヒトツになってきています。
今、世界で同じことが問題になっています。
どこかの国の問題は、どこかの国だけの問題、ではなくなりました。
余談ですが、
私は英語を勉強していたのは学生時代だけですが、最近、英語を聞いて何を言っているか、かなり理解できます。一生懸命、聞き取ったり、理解しようとするより先に、意味が頭に入ってくるのです。
外国語とか、関係ないって思います。これも、ヒトツである感覚を得たことによるテレパシー的なものだと感じています。