太陽と月

アダムとイブ

キリストとマリア

イザナギとイザナミ

こんな大きな大きな話は、自分たち、ただの人間には関係ないと思っていました。

だって神様の話だし…

天体、自然現象の話だし…

ちっぽけな私には関係ない。

神話は物語に過ぎない。

教訓だったり、自然の摂理を分かりやすい〈お話〉として人々に伝えてるだけ。

そう思っていました。

でも…

この野菜を見て思った。



野菜のロマネスコの拡大写真です。

全貌は、


同じ形が集まって、同じ形を作ってる!

フラクタル構造。

不思議すぎて見入ってしまう。

私たち人間は、ロマネスコで言うと一番小さな粒々です。

神話、自然現象は、ロマネスコ全体の形。

なのでツインの関係も、アダムとイブの原型と同じだと言えます。

神話だから、自然現象だから、人間には関係ないのではなくて、縮小した形であるだけで、同じことなのです。

意味不明な事が起こり、思うようにならないサイレント期間。

人間的な目線だけで、自分たちの関係を見るのではなく、

また、自分の手で何とかしようとするのでもなく、

アダムとイブのような大きな原型をモデルにした小さい存在が自分たちなんだ、っていう視点で自分たちの関係を考えてみると、意味不明も意味不明ではなくなると思います。

私たちは小さなアダムとイブ。

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今日、「人間の手では動かせない」

という言葉が浮かんで来ました。

彼に会いたい一心で、

どんなメールを送るといいかな?
何処どこへ行ったら会えるかも!

などと人間の手で距離を縮めようとしても無理だってことかな?と思いました。

恋愛上手な人だって、こればかりは別なんじゃないかな。テクニックでもなければ、外見の魅力でもない。


上から神さまの大きな手で、ふたりをもう一度くっつけるイメージも浮かびました。

努力して具体的な行動ができるのは、自分サイドの事だけのような気がします。仕事や子育てといったものです。使命と言われているもの。

相手もきっと、そうなんでしょう。

魂はもともとひとつだけれど、別々の人間として生まれてきて、ある日会うまで相手の存在など知らずに生きてきた。

そんなふたりの身体を結び付けるのは、

神さまの手なのかな… 

浮かんだのは、そんなイメージです。