私の頭に閃いたことなので、ひとつの「おはなし」として読んでいただけたらと思います。
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3次元も5次元も同じである。
同じひとつの現象を違った次元から見ているだけだ。
ツインの相手と愛し合っているイメージが浮かんでいるのに、現実では何の音沙汰もなかったりすること=3次元での感じ方。
ひとつの現象とは、相手と自分の関係のこと。
5次元的に見ると二人は愛し合っている。
3次元から見ると、限定された側面しか見えなくなっている。
3次元に住んでいる以上、身も心も5次元に行くことは今出来ないから、限定された側面だけが見えている。
限定されているとはいえ、見えている現象は、相手と愛し合っていることだとしたら、愛し合っていることは、事実であり、不安になることは無い。
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私はなんとなく、何の音沙汰もないというこの3次元を抜けて、5次元という別世界に行かないと彼に会えないんじゃないか、と思っていました。
でも、そうではなく、
次元の違いというのは、世界の違いではなく、単に見え方の違いである、と何処かから伝わってきました。
3次元では限定されて見える。
2次元でもそうです。
2次元に住んでいる人は、球体を見た時、その姿が大きい丸なったり小さい丸なったりと、不思議なものにしか見えず、全体像を把握することはありません。
3次元で限定されて見える愛のカケラは、数字であったり、間違い電話であったりする。
また、
理由は分からないけど、〈知って〉いるように感じることであったり、実際には体験していないけど、意識で〈体験〉した(している)ことだったりもする。