エホバやみ子に対する感謝を表す方法として寄付があります。
寛大に与えましょう
自分のしたいと思うものを神は喜ばれる
その言葉に従って 定額を寄付することにしていましたが気持ちが「エホバに」と思うとき以外で寄付することをやめました。
たまにある、「○○のために幾ら寄付できますか」というプログラムで、紙に額を書いていれてくださいと言われました。ん?とはじめて思いました。寄付額を把握したいのは分かるのですが 一人一枚、子供にも渡される紙。寄付する気持ちやお金がなければ0でもいいはずですが、この雰囲気のなかまさか0等とは書けない。かといって、いくら貧乏2世の私でも10円て訳にも行かない。
寄付箱から小銭の音を聞いたことがないので 姉妹たちの様子を見ていると、5000円?10000円?ひぇっ、そんな大金払えない。これじゃ、1000円寄付にした自分が 情けないというか
でも、バイトに開拓にフルに動いてなお、精神障害もちのわたしには1000円も大金。
いいなぁ。ご主人様のお金持ってこれるんだもん、自分で働いた金じゃないし5000円くらい専業奥さま姉妹たちにとっちゃ、なんてことない金なんだろうなぁ~。だって、持ち物もシャネルや、ジバンシィやら。叶うわけない。
比べるものじゃないことはわかっています。貧乏2世のひがみとも自覚しましたが
わたしからしたら無条件とか、自らしたいと思う気持ちとかいつもそんな気持ちじゃいられない。全額、生活のもとをいれてエホバの備えを待つのが 信仰心ある証人の生き方なんでしょう。
わたしは、スカートを今月は買わせてくださいっと、バイト代を直に自分のために使うこともあったので 寛大な気持ちのない信者だったのかな。。だから、離れたのかな。そう思うと、自分がケチ臭い人間に思えてくる。情けないとか。自分のために、たまにお金使って楽しむことも 後ろめたくて、定額寄付→貯金で、わたしの口座にはバイト代がたまり、そのお金で 一人暮らしをすることになりました。