高校の頃、わたしはうつ病になりました。
高校は、親の意向に沿ったところへ。勉強をしながら 補助開拓奉仕に参加しました。

高校の入学式の後、ヘルペスにかかりました。なおったあとは これまでにない疲れと、動悸、体の痛み、頭痛吐気 胃痛がわたしを毎日苦しめました。病院にいったところ、ストレスが原因のものでした。

奉仕や集会の前に決まって熱が出たり、体が硬直して着替えることすらままならなくなりました。親は「奉仕に 集会にいかなかった」とし、わたしを殴っては、頭を打ちました。
「なんでこんな子になったんだろうね?」と言われた言葉が、今も残ります。

それでも、学校も補助開拓もとらえ続け高校を卒業。この頃には 病状は更に悪化し ついに母も「開拓で外国に行くのは無理だから 今は治すことに専念しなさい」と言ってくれました。

病院で「治るためにどうしたらよいですか」と尋ねたところ
「あなたの好きなことをしなさい。そして休みなさい。したくないことはしないでください」と返ってきて 悩みましたがエホバの証人をやめることにしました。

当然、母も仲間も落ち込みました。
その後、しばらくひとり暮しをしながら療養。調子のよいときは、交際やアルバイトをしてエホバの証人ではない人と交わるようになりました。

気持ちでいうと、凄く楽しかったです。いわゆる自由を得ました。もう門限もないし、好きな服も買えますし 友人の輪をひろげることもできます。大会などで経験を話したり、表向きは模範的な姉妹だったわたしは、ごく普通の女の子でした。

組織を離れるきっかけは、実は外の世界に興味を持ったことというより 教えの矛盾でした。調べても 母や長老に聞いても、あやふやな答えしか返ってこなかったので もしかして?エホバの証人というのは真理を追求しに行く場所というより、現実逃避するためのコミュニティーとして使うところではないかと感じました。

組織の教えへの矛盾が取り除かれないと戻る気持ちにはなれません。真理は少なくともここにはありません。