父の一周忌
一周忌は、実家でお坊さんに拝んでもらい、
お寿司やオードブル、お酒を出して、
お坊さんと家族だけで談笑しました。

葬儀も法事も身内だけが一番楽です。
意地悪な人は、呼びたくないので![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
一周忌が近くなった頃、
時々心がそわそわしました。
父が亡くなった時に入院していた病院へ、
10年お世話になったので、
看護師さん達にはお礼を言いたい、
この1年ずっとそう思っていました。
父の生前は、
この病院へ毎日来る日常が、
いつまで続くのだろうかと思っていました。
病院からの昼夜問わない着信音が、
苦手になっていました。
耳の聴こえない母では、難しいので
ほとんどの連絡が私にありました。
主治医からの「今から来てほしい」
「明日の朝、来れますか?」、
私もしんどいが、
先生達は、いつ休んでいるのだろう?
週に一度の外来でも、先生達は、
やることが多く休んでないなと思いました。
若い主治医の先生は、
亡くなった日の夕方に電話をくれて
「こういう結果になってすみません。」
と、言ってくれました。
私は、
「亡くなってしまうことも多いでしょうが、
胃カメラや処方が上手な先生のおかげで
治療に前向きになった父をみました、
感謝しています。医師を続けてほしいです。」
と、伝えました。
父は、他科のガンも持っていたため、
そちらの先生にもお礼は言いたかったのですが、
会う機会がないので伝えることが出来ず。

看護師さん達にも10年お世話になったので、
お礼を言いたい、そう思っていましたが、
あの病院の中へ入ることが、
父が亡くなった場所なのでトラウマなのか
立ち入ることが出来ませんでした。
父のこと、生前好きだったわけではありません。
亭主関白だし、優しい父ではありませんでした。
しかし、私が体調を崩して仕事を辞めていた時、
よく映画や飲食店へ連れていってくれたり、
食べ物を買ってきてくれていました。
そんな少しの思い出でも、親は親で、
亡くなるとこんなに悲しいんだと思いました。
まだ親を亡くしたことのない人に、
親を亡くした気持ちはわかるよと言われましたが、
やはり祖父母やペットとはまた違う悲しみです。
人間は、全て「親」がベースだから、
それを亡くすということは、
色々思うことが出てくるのです。
もし、親が大好きな方なら受け入れるのに、
何年もかかると思います。
父や老猫の最期をみて思ったのですが、
死期があと2、3ヶ月とわかっているのなら
手術はしない方がいいなと思いました。
最後の手術で、死期を数ヶ月、
といっても1、2ヶ月かもしれないけれど、
手術は体力を使うので、
死期は早めてしまっただろうなと思いました。
これは、今年私自身が初めて手術をして、
感じた感想です。
あと、緩和ケアについて、よく調べておき
もっと早く緩和ケアへ入れるべきでした。
その方が、本人の好きなことをさせてあげられたからです。
父の死で、
雷に打たれたようにビビビっと、
死生観が変わりました。
人間は、いつ死ぬか自分ではわからない。
長生きするとは限らない。
生きていても健康でいられる保証はない。
やりたいこと、お金を使いたいことは、
ある程度した方がいい。
嫌なことやりたくないことは、しない方がいい。
嫌いな人とは、関わらない方がいい。
自分ファーストにした方がいい。
全ては、時間が有限だから。
そう思うようになりました。
あと、
「私は、ぽっくり逝くから大丈夫!」
と言う人に腹が立つようにもなりました。
ぽっくり逝った人にも楽して死んだようで失礼だし、
たいてい病気してから亡くなるまでが長いのに、
色々と遺される人の気持ちを考えていない発言だからです。
ここ数年、
父やペットの猫を亡くしていますが、
人も猫も息を引き取る時同じなんだな、
手を握っていても亡くなる日は、
ほぼ意識はなく、
最後に少し動いたり声が出たりして、
すぅーっと引き取ります。
悲しいですが、
「生」を全うしたのだなと感じます。