父の末期がん、8年闘病をみてきて感じたことを書いてみます。

主観なので誰でも当てはまることでないので傷つけてしまうかもしれません。


今回は、父の場合はそうだった、になります。




・がんは誰でもなる可能性があるということ。

父は、70歳をこえたばかりでしたが、父の同級生はがん患者がとても多いです。

父の世代って、幼少期に駄菓子やインスタント食品 などが出てきた時だと思うし、工場やゴミの焼却等空気も汚かったし、ストレスやタバコやお酒の影響受けた人も多いので小さい頃から体に負担がかかった世代だと思います。

がんは、若い人でもなる人もいます。



・がんは長患いすると本人も家族も大変だけど、寝たきりになるのは最期なので、それまでにゆっくり色々な準備は出来るということ、伝えることも出来る、意思疎通出来る期間は他の病気よりは長い



・動けたり食べられてる期間はそれなりにあるということ。

父の場合、亡くなる前日の数時間前まで(寝る前まで)意識があり自分でおしっこを取ってほしいとナースコールをしていました。

おむつになったのも1週間前で、数週間前までは自分でトイレに行っていました。

食事も亡くなる2週間前に好きな物を一度食べました。


・最後まで病院で看てもらえる可能性がある。(状況によるけれど)


・がんの手術は、それほど痛くなくこわくないということ。

父は手術をこわがり何度か先延ばしにしましたが、「いまの手術は寝てる間に終わって、痛くないんだなぁ」と感動していました。

術後は、さすがに痛かったみたいですが。

その後は、先生達を信頼して治療を全て受けました。



がんの種類にはよるが、辛ければ痛み止めや睡眠薬を投与し、なるべく苦しまずにいられるような緩和ケアがあるということ。

それは、病院でも自宅でも状況によっては選択できるということ。 

父をもっと早く元気なうちに、緩和ケア病棟に移さなかったこと後悔しています。


緩和ケア病棟は、キッチンがあり食べたい物を食べたり一時帰宅などが可能だからです。

父の場合は、帰宅は無理だったと思いますが、生きていれば、あと数日で緩和ケア病棟に移る予定でした。

一般病棟よりは、もし緩和ケア病棟であれば気持ち的にゆっくり出来たのかなと思ったりします。




父の癌の経緯をみてきて、誰でもなるものだし、本人は間違いなく辛く、なりたくない病気の1つだけど、対処出来ることも多いのでがんは昔ほどこわい病気ではないかもしれないと思いました。

昔は、痛み止めも使えないことも多く、痛みにうなりながら亡くなった人が多かったようです。

痛み止めの種類もいくつかあるのかなと感じました。

父は、モルヒネより強いフェンタニルを使っていました。尋ねても痛みはないようでした。



私の場合は、子どもがいないので最後おむつなど必要なものを買ってきてもらったり、死後の手続き等は誰にやってもらえばいいのかと疑問は残りました。


意思疎通が途中で出来なくなった場合は、その後の病院とのやり取りは、本人の意思は、どうなってしまうのかと不安にはなりますが、これほど父の面倒を見たのだから、自分は遺書をきちんと遺し、健康寿命を意識し、体に少し気をつけてみます。

誰にも看てはもらえないかもしれないので。

なかなか物事はスマートにはいかないと思いますがアセアセ


・あとは、たまにがんの進行が止まる人がいる、かな。

祖母の姉妹は、子宮の末期がんだけど進行が止まり、あれから20年以上普通に暮らしています。

医師にも理由は分からないと言われたんだとか。


父も胃がんはダメだったけど、肺がんも末期でしたが肺がんは小さくなって、肺がんの治療はもうしてなかったようです。



よく、医師の間では亡くなるまでに時間があるがんは一番いい亡くなり方、みたいのを目にしますが、一番いいものではないでしょ。

時間があるから家族には心の準備が出来るかもだけど、その期間本人も家族もきついよ。

なりたい病気ではない、と思うかな。

でも、突然死より時間があることはたしかです。