祝典舞曲
Amebaでブログを始めよう!

9ヶ月ぶり

久しぶりにこのブログに来た。


過去の記事を読んで、懐かしくなった。


新しいブログを書き始めて、
もう消してしまおうかと思っていたのに。



ここには、


あのころ日々崩れないように気を張り詰めていた自分がいる。


起こってしまった悲しみを上書きしてくれるぬくもりがある。



少し楽になった今、

ここを見て涙が出そうだ。


過去の私に対しての涙。



よくがんばったね

よかったね

おつかれさま



ここに再び訪れて、本当に良かった。

そして、また、今の私を綴っていこう。



今の自分のすべてが、

未来の自分になる。





自分を褒められる人になる・・・

15歳の春に誓った言葉は、

5年の歳月を経て実を結んだ。


何かを達成したわけではなく、

何かを勝ち取ったわけではない。


ただ、

真っ暗な何も見えない部屋に、

光差し込む扉を見つけただけのこと。



すごく長かったあの時間が、

今はいとしく思える。




すべてにありがとうを


どうか、

かなしみが続きませんように


暖かいぬくもりを持ったあの人が

これ以上苦しみませんように


愛さえ教えてくれたあの人が

しあわせでありますように


暖かい海に

帰れますように



ネットの向こうに

受信箱整理してたら、
TBありとのメールが届いていた。

それで、
このブログやってること、
思い出した。

自分に楽しみにしているブログがある一方で、
自分のブログを見てくれている人もいる。


ネットと現実とのつながりは、
論じても論じきれない。
弊害ばかりを主張すると、
つながりは壊れてしまうし、
利点ばかりを主張すると、
思わぬ落とし穴に落ちてしまう。


人間不信ばかりではつまらない。

ネットの向こうに、
血の通った人間がいることを再認識しよう。

おつかれさま

焦点が定まらない。
眉間に皺がよる。
細い目が、なおさら細くなる。


現実に働いてくれる体は、
すぐに壊れてしまう心より、
ずっとずっと我慢強い。


20年とちょっと、
外の世界をずっと映し続けてくれたこの【目】に、
たっぷりと潤いを与えよう。

ほら・・・‥―――

フリージア

人から、
花をいただいた。
その人は、
この花が大好きだといった。


その人を好きだという、
確たる証拠は無い。

しかし、

この花をくれたときの、
{その人}の顔が、
笑顔だったこと、
{私}が、
嬉しくて思わず涙したこと。
事実だ。







香りは記憶をよく蘇らせる。







切花はすぐ枯れてしまうから、
フリージアの香りが部屋から消えてなくなる前に、
新しいフリージアを生けよう。


そう思う気持ちは、
きっと{その人}のことも、
大切にしていることの表れなのだろう。

そうだ、私は寂しいんだ

心の寂しさに、
気づくときはいつですか。


昨日あたりから、
食欲が止まらなくて、
食べてばかりいた。

自分で作ったものもあるし、
買ってきたのもある。


どれがおいしかったって、
どれもおいしくなかった。


しいて言うなら、
夜中に飲んだインスタントコーヒーだ。



食べれば食べるほど、
苦しくなっていった。
自分が情けなくなった。




おなかが空いているのは胃袋ではなくて、
心だった。


借りてきたCDを聞いているうちに、
おなかが空かなくなっていった。

そういえば、今日はいらない買い物もした。
本当にいらなかった。
でも、買わずにはいられなかった。
うちにはまたいらないものが増え、
お金は消えていった。


「精神的な欲求は、精神的なものによって満たすのが一番よい」
そんな仮説が立てられた。
私の昨日今日の経験による。

BLUE、彼らの音楽を聴くことによって、
明日一日、私が食べ過ぎ買いすぎを起こさなければ、
仮説は実証されるだろう。
少なくとも私の中では。


若さ

いつの間にか
20になっていた。
昔は、
大人である年齢だと思った。

学生だからだろうか。
今の自分が子供だと思っている。

しかし、
確実に体は老化していて、
しわは日に日に増えていっている。

親に、
成人式までは面倒見るが、
そのあとは、
自分で人生を切り開け
と、言われた。
寂しさだろうか。
よく分からないが、
涙が出た。

人生を切り開くって
何なのだろう。

cafe

目の前の緑に
改めてほっとした

甘いカプチーノに、村上春樹のアフターダーク

いつもならなんてことなくて
無表情でお店を出るところだったけど

よく見たら
円形テーブルの中央にあったのは、
生きている緑だった


生活の中にも積極的に緑を取り込んだ

50円で買った大根の
生ごみになるはずだった葉っぱは
植物にもたくましい命があることを
教えてくれた

リンリン

晴れた日曜だった。
人出は一番多いときだったのだろう。

人ごみを嫌う人は多い。

でも、イルミネーションの周りの人ごみはどうだろうか。

皆、幸せそうな顔をして写真を撮りあったり、イベントを見たり。

私は一人で行っていたのに、

一緒になって幸せそうな顔になった。

当時は

キンパチ。当時中3だった私も、ご多分に漏れずキンパチを見ながら受験勉強に取り組んだ。

当時は、家庭内暴力が描かれていた。

今は、ドラッグについて。

時代を少しオーバーに反映するドラマだと、みなすけれども、
それでも、まったくの嘘ではないのが悲しい。

いつもと違う時間に


来年の実習、実験のガイダンスがあって、
いつもより1時間遅く校舎を出た。

いつもよりだいぶ傾いた空に

冬の到来を感じた。


自分の将来は、いったいどうなるのだろう…。