せわしいことばかりですけど | Beat of Love

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戯言抄

自分も世の中も忙(セワ)しいことばかりで、思わず自分を見失いそうになる。
ゆとり教育とは逆に、現在の社会は効率化が進むにつれ遊び(ゆとり)がドンドンなくなっている。
日記代わりではないが、少しは常識の均衡を確認するためにひとりボヤいてみようかなと。
まぁ超天邪鬼なんで、先はどうなることやら。

さて格差格差と勝手にマスコミは喧伝するけれど、歴史的にも世界的にもそう悲惨な状況でもなかろうに。
むしろ、働く人と働かない人働く気のない人、その根っこは想像出来る人と出来ない人の格差だと思う。この格差は明らかに拡大している。
言いたかないが、頭ん中にシナプス?ニューロン?なんやらが、欠落しとんとちゃうかって頭を割ってみたくなる人、ほんと増殖の一途。
ゆとり教育?かけっこ全員一番?そら競争させんと社会人さそうとしても無理だろう。ビジネスそのものが競争なんだから。競争に勝ち抜くには?詰る所、想像力でしょう。何で?想像能力が乏しいと、プランが描けない、駆け引きできない、コミュケーションが成り立たない、一方通行のまま、つまりビジネスにならない。
そういう意味ではこの世代も、いわゆる一人っ子も気の毒ではある。誰がこんなこと始めたのか、年バレで嫌だけど、世代人口少なかったにもかかわらず、いわゆる詰め込み教育の頂点の世代だったんで余計感じる。そう落ちこぼれ問題が騒がれ出してね。その反動からだったんだけど。だいたい極端に振れ易く、中庸という言葉が軽い国民気質も原因の一つなんだろう。某首相のように状況も顧みることなく突然反原発、脱原発と言い出すような精神構造が根源的にあるのではないか(こちらの方は、ゆとり教育世代でないのは言うまでもないですが、平和妄想というか戦争反対と叫べば世界から戦争はなくなると本気で思い込んではる世代ですね。それとも老人ボケか)。