先日、私は一人で『レンタル家族』という、舞台挨拶付きの映画を観てきた。

主人公の女性は、認知症になった母親を別居で介護しながら、バツイチで仕事をしている。そんな中で、レンタル旦那や娘との関係が描かれていくストーリーなんだけど……これが、私の生き方と似ていたんですよね。

私は、人に誰にでも好かれてしまう人でした。

別に、お世辞を言って人に好かれようとしているわけではない。でも、何でかなぁ……と、ずっと不思議に思っていました。

それは、自分の気持ちを後回しにして、周りを優先する人だったから。

もちろん、それなら人間関係は円滑にいく。
でも、自分の思いとはかけ離れていたり、めーっちゃ疲れたり、一杯周りを優先しているのに、何だか理不尽な待遇になったり……。

それって、周りの人が悪いんじゃなくて、自分の意見を後回しにして、自分の大切な気持ちを相手に伝えられていなかったからなんだよね。

子育てをして、何もかも自分のことを後回しにして、何なら「転ばぬ先の杖」となって駆けずり回った時間。

過ぎてしまった結果、ママは心配症、過保護、はたまた過干渉、そして「毒親」とレッテルを貼られたことも……。

理不尽でしょう。

「何で?どうして?こんなに頑張った結果、これ???」

そう思ったこともありました。

映画の主人公の女性も、仕事をコツコツと文句を言わず、YESマンでやり続け、認められて昇進もし、部下たちからも慕われる存在。

だけど、旦那とは別居し、離婚。元旦那は再婚し、娘とも月一回の面会すらなくなってしまう。

そして、認知症の母。

どんどん進行し、記憶が消えていく中でも、母親は孫に会いたいという気持ちが強い。

主人公は、仕事を通して「レンタル家族」というサービスを知り、母親のために利用することになる。

この映画で最後に監督の思いを聞いたけれど、それ以上に、自分の人生を振り返って、たくさんの気づきがあった。

私は、もっと自分に正直になっていい。

それは決してワガママではなくて、自分の意見は「意思表示」なんだ。

どうしても、親は絶対だった。

自分の気持ちを言う隙はなかったし、言ったとしても、親の思い通りにするしか選択肢はなかった。

限られた範囲の中で、怒られずに自分の思いを実現する。

そんな生活が当たり前だった。

友達に対しても、彼氏に対しても、旦那に対しても、娘たちに対しても……。

でも、介護をするようになって、私が主導になり、いろいろ選んだり決めたりするようになった。

ケアマネさんから「どうしたい?」「どうする?」と意見を求められ、最初は戸惑った。

でも、母が認知症になり、私がいろいろなことを背負うようになってからは、「私はこうしたい」と介護について自分の意見を伝え、みんなと一緒にワンチームでやり切った。

だから、今振り返っても、その部分に関しては、思い通りの介護生活を過ごすことができたと思う。

ある意味、納得!

それって、自分の意見を人に伝え、いろいろ話し合って、「できること」「できないこと」を選びながら向き合えたからだと思う。

有難いことだったと、今でも思っています。

介護をして、自分の意見を人に伝えていいんだ、伝えないと伝わらないんだ、そして、伝えることの難しさを知った私。

子育てと一緒で、介護も一つの経験として、やれるチャンスがあるなら絶対にやるべきだと思う。

そりゃあ、修行みたいで大変だけどね!

そして、もう一つ、この映画で強く感じたことがある。

認知症の母を介護していて、進行していく不安の中で、一番の恐怖は、

「たった一人の娘である私は、いつ忘れられて、分からなくなるんだろう?」

ということだった気がします。

その恐怖は、一番大きかった。

亡くなる前々日、認知症クリニックの帰り。

母は、自分が認知症で、いろんなことが分からなくなっていることに恐怖を感じ、そして申し訳ない気持ちで、

「ごめんね。迷惑ばっかり掛けてしまって……」

と、帰りの車の中で私に言った。

私は、母に今まで一度も言ったことがなかったけれど、

「いやいや、お母さん、頑張ってくれててありがとう。迷惑違うよ~。私、仕事も社会人大学生もできてるやん。お母さんが頑張ってくれてるからやで!」

と伝えた。

すると母は、

「いろいろ分からなくなって、忘れて、バカになってる」

と言った。

だから私は、母に初めて伝えた。

「お母さん、いろんなこと忘れてもいいよ。私が代わりに覚えておくし、私おるから。でも、私のことだけは忘れんといてね」

そう言いながら、車を運転しながら号泣してしまった。

母も泣きながら、

「忘れないよ~。たった一人の娘のこと、忘れないよ」

と言った。

私にとって、母に言えた最初で最後の「私の気持ち」です。

もちろん、それを言ったことで認知症が食い止められて、私のことを忘れないなんてことは絶対にない。

それでも、「お母さんは私のことは絶対忘れない」と思えたことが、私にとっては安心になり、これからも介護を頑張れる力になった。

しかし、その翌々日、母は旅立った。。。

認知症介護をしていて感じた、母が「私の母でなくなる」恐怖。

これは、他の何にも代えられない恐怖だし、本人にとっても本当に辛い病気ですよね。

介護する側も辛い。

でも、される側も辛い病気だったんだなぁ……。

映画を観て、改めて振り返り、考えさせられました。

「介護は辛い、大変」

それは確か。

だけど、もっと母の立場になって感じてあげられていたら、もっと素敵な介護ができたのかなぁ……と、少し後悔もしています。

介護を通して経験した、濃い六年間。

その六年間で得たものも、気づいたことも、たくさんある。

だから、これからの人生にプラスに変えて、生きていこうと思います。