お久しぶりです!
いつもブログを読んでいただき、本当にありがとうございます。
凛はこの暑さにも負けず、毎日を目一杯楽しみながら元気に過ごしています。
今日は、母が旅立ったことを振り返りながら、私が気付いた少し不思議なお話を書こうと思います。
スピリチュアルなお話が苦手な方は、ここでそっと閉じてくださいね。
母は2025年12月31日の朝、自宅で脳内出血を起こして倒れ、その日の夜、86歳で虹の橋を渡りました。
認知症で要介護2ではありましたが、持病もなく、身体も元気で、週6日デイサービスへ楽しく通っていました。
だからこそ、母との別れはあまりにも突然で、私は大きなショックを受けました。寂しさや喪失感でいっぱいになり、しばらくは気持ちが沈む日々が続きました。
しかも、母の命日は私の誕生日の前日。
「最期までマイペースなお母さんらしいなぁ。」
「私のことを忘れないでね、っていうメッセージだったのかな。」
そんなふうに思ったりもしました。
でも、誕生日当日ではなかったことは、母なりの優しさだったのかもしれません。
母の介護は、2020年11月、父が亡くなったことをきっかけに始まりました。
最初は少し物忘れが増えたり、「お金がない」「物を盗られた」と言う認知症の典型的な症状が出始めました。
ガスコンロをIHに替えたり、介護認定を受けてケアマネジャーさんと相談したり、デイサービスに通い始めたり…。
それでも母は、自分で買い物へ行き、ご飯を作って食べることができていました。
徘徊もなく、私は「介護らしい介護」をしているという感覚はあまりありませんでした。
もちろん細かな出来事はたくさんありましたが、デイサービスのおかげで穏やかな毎日を送ることができていました。
そんな生活が続いていた2023年12月31日。
またしても私の誕生日の前日、大晦日に、元気だった母が新型コロナに感染し、自宅で倒れて救急搬送されました。
「えっ?あのお母さんが?」
私には本当に衝撃的な出来事でした。
その時、私は初めて心から思ったのです。
「私、まだ親孝行も介護も全然できていない。」
普段は無信仰の私ですが、その時だけは神様にお願いしました。
「神様、お願いです。
私はまだ母に対して後悔することばかりです。
まだ連れて行かないでください。
これからは後悔しないように、しっかり介護を頑張ります。」
高齢でコロナに感染したため、「もう以前のような生活は難しいかもしれない」と言われました。
ところが母は、嘘のように回復し、2週間後には元気に退院できました。
私は「あのお願いを神様が聞いてくださったのかもしれない」と感じました。
それからは約束どおり、「後悔しない介護」を心掛けるようになりました。
仕事、家事、少しだけ育児、そして社会人大学生。
24時間では足りない毎日でしたが、何かを選ぶたびに自分へ問い掛けていました。
「これをしなかったら、私は後悔しない?」
その問いが、私の判断基準になっていったのです。
そして、その約2年後。
母は突然旅立ちました。
悲しかった。
寂しかった。
でも同時に、私はこう思いました。
「あの2年間は、私に与えられた大切な時間だったんだ。」
もしコロナの時に母とお別れしていたら…。
今感じている後悔の何十倍、何百倍も後悔していたと思います。
もちろん今でも、
「ああしてあげれば良かった。」
「こうしてあげれば良かった。」
そう思うことはあります。
でも、そのたびに自分へ問い掛けます。
私は神様にお願いして、母との時間を2年もいただいた。
その時間の中で、「後悔しない介護をしよう」と決めて生きてきた。
それでも後悔が残るなら、それは誰かのせいではなく、自分が選んだ時間の使い方だったのではないか、と。
そう考えるようになりました。
では、今の私に母のためにできることは何だろう。
そう考えた時、答えは一つでした。
もう母に何かをしてあげることはできません。
だからこそ、これからの人生を「後悔しないように生きる」。
それが今の私にできる、一番の親孝行なのだと思っています。
人生は、毎日が取捨選択の連続です。
どんな選択をするかで、その先の人生は少しずつ変わっていきます。
母は、そのことを最後に私へ教えてくれました。
以前より少しだけ、「後悔しない人生」を意識して歩んでいこう。
それが、母が私に残してくれた一番大きな贈り物だったような気がしています。

