チャッピー(ChatGPT)に
「両親からのエールをもらえる写真を加工して!」
ってお願いしたら、こんなのを作ってくれた。
もちろん、スマホの待ち受けは今日からこれ(笑)
母が旅立って、もうすぐ半年。
実家の近くに住んでいると、半年前まで元気にこのコンビニまで歩いて買い物に来ていたなぁ、とか、この道を歩いていたなぁ、とか、あのデイサービスの車で帰って来てたなぁ、とか…。
思い出し始めたらキリがないくらい、母の面影があちこちに残っている。
人間って本当に勝手だなぁと思う。
介護していた時は、しんどいと思うこともあったのに、いなくなったらいなくなったで、こうして何度も何度も思い出して、まだウルウルしてしまう。
最近、仕事でも責任や色んなことが重なって、しんどくなることがある。
仕事は好きなんだけどね。
母が亡くなってから、仕事に行くことで元気を取り戻せると思っていた。
でも最近は、それどころかパワーを吸い取られてしまうような日もある。
母の思い出を誰かに話したくなる。
最初は旦那も「うんうん」って聞いてくれていたけど、しばらくすると、ちょっとウンザリオーラ(笑)
まぁ、そりゃそうだよね。
逆の立場なら、私もそうかもしれない。
この前、長い間会えていなかった少し年上の友人とランチをした。
その人もご両親を見送っていて、お互いの親のことや今の気持ちを話していたら、すごく気持ちが共有できた。
それが本当に嬉しかった。
私の周りには、まだご両親が元気な人が多い。
もちろん気持ちを分かろうとしてくれる。
でも、「親を亡くした後の気持ち」って、やっぱり経験しないと分からない部分があるんだと思う。
私も母が亡くなるまで、特に母親を失うことが、こんなにも大きなロス感を残すなんて想像もしていなかった。
私は一人っ子。
両親の思いと理想の中で、その中なりに精一杯楽しんで生きてきた。
今は自由を手にした。
介護に費やしていた時間も全部、自分の時間になった。
ゆっくり時間が流れて、自分で自由に選べる日常になった。
本当に、背負っていた責任から解放されたんだなぁって、時間が経つほど実感する。
でもね。
亡くなった両親のことを、自分と同じ目線で語れる兄弟姉妹がいない。
これって思っていた以上に大きい。
「あ、これお母さん好きだったな」
「こんなん言うてたよね」
そんな言葉を、今はひとりで飲み込んでいる。
介護していた時は、一人っ子で良かったと思うことも多かった。
自分のペースで、自分のできる範囲で、誰にも相談せず決められたから。
もちろん、人手として誰かいてくれたら…と思うことはあったけど、一人っ子が辛いとはそこまで思わなかった。
でも、亡くなってから思う。
もし兄弟姉妹がいたら、
「お父さんってこうだったよね」
「お母さんってこうだったよね」
「あの時こうだったよね」
そんな話をしながら、この寂しさを少し分け合えたのかなって。
まぁ、兄弟姉妹がいたらいたで色んなこともあるんだろうけど(笑)
これもきっと、ないものねだりなんだろうな。

