愛するということは? ”守る、保護することが”愛”ではないのです。” | Trinity LUCE 〜楽しく楽に自分らしく生きよう〜

Trinity LUCE 〜楽しく楽に自分らしく生きよう〜

ジュエリーデザイン 音楽 マヤ暦
好きなことを楽しんで ご機嫌さんの生活を楽しむ
エネルギーと 心と 身体の バランスを整えて
誰のためでもない”私”の人生を
楽しく自分らしく生きるために
楽しく生きるプロ くみ☆のリラックスブログ♪

いつも読んでくださって ありがとうございます

マヤ暦魂の刻印メール鑑定 個人セッション マヤ暦講座  

クリスタルリーディング ワイヤーデザインジュエリー制作

レイキセッション レイキアチューメント

 

レイキソフト整体 レイキ腸セラピー&講座など詳しくは 
⇒⇒
Trinity LUCE のホームページへ 

 


MuuFreeClub 個の時代 1%プロジェクトを広めたい!! 

いつもご協力ありがとうございます 

1%プロジェクト応援のひとポチ よろしくお願いいたします

一人でも多くの必要な方へ届け〜〜
CTRL キーを押しながらぽちすると 画面が切り替わらないでそのまま読めます

 

  
人間関係ランキング

 

 

ドキドキ   ドキドキ   ドキドキ   ドキドキ   ドキドキ 

 

 

誰かを好きになる 

 

誰かを愛する

 

愛って 何なんだろう? って 思った時期もありましたねぇ

 

 

アシュタールのエネルギーを初めて感じた時

 

言葉では なんとも どう表現していいか分からないけど 

 

とにかく 涙がこぼれて 溢れて とても衝撃を受けました

 

言われた言葉が ハートに深く響いたのもあると思うけど

 

感謝と 尊敬と 尊重  満たされる感じ 静かな至福 調和

 

“愛”を感じたんだと思います

 

絶対幸福を 一瞬? 数時間位? 感じた時も

 

やっぱり “愛”の中にいました 愛そのものでした

 

 

 

家族への愛って 近すぎるから エゴと見分けがつかなくなりやすい

 

子どもたちへの愛も 親としての責任とか 

 

自分目線での経験から 善し悪しを押しつけかねない

 

子どもの為にと 子を思う親の気持ちほど うっかりすると

 

感謝と 尊敬・尊重を どこかに置き忘れてしまいがち 

 

 

私も 私なりに必死で 愛情を持って子育てしてたけど

 

あの頃を思い出すと

 

親のコントロール 世間の常識 自分の都合 

 

本当の愛とは 遠いことしてしまったなと思います

 

もっと早くに 分かっていたら… と思ったこともありましたけど

 

全て絶妙なタイミングだったと 今は思うしかありません(;^ω^)

 

今が全てだから 子供たちを信じてるから 

 

自分を信じます

 

 

 

アシュタールのメッセージ転載させていただきます

 

(ここから)

 

「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

”愛”というのは、尊敬と感謝の気持ちです。

そして、人を愛するというのは、その人の個性のエネルギーを尊重するということです。

その人の個性のエネルギーに干渉しないということです。


誰かを守る・・それが”愛”ではないということです。

この”愛”という概念を間違ってしまうと、争いや自己犠牲になってしまうのです。


守る、保護することが”愛”ではないのです。

手をかけることが”愛”ではないのです。


その人の個性のエネルギーを信じ切れること・・それが”愛”なのです。

子どもであっても、パートナーであっても、誰であっても、その人の自由を尊重すること

それが”愛する”ということなのです。


子どもを愛してるならば、親は我慢するものだ・・・それは愛ではなく、自己犠牲です。

自己犠牲からは喜びは得られません・・自己犠牲することで欲求不満になってしまうだけです。

子どものことを保護し、間違った道に行かないように守る・・それは、愛ではありません。

それは、コントロールです。

自分が(親が、まわりの人が)正しいと思うことを、子どもに押し付けているに

過ぎないのです。


子どもを愛するならば、子どもの意志を尊重してください。

でも、そんなことをしたら子どもは好き勝手して、手に負えなくなってしまいます。

そんなに好き勝手にさせたら、社会のルールが守れなくなって困った人になってしまいます。

だから、子どもにはちゃんと社会のルール(常識、倫理感、道徳感など)をしっかりと

教えなければならないのです。

それが子どもを愛することです・・とあなた達の社会では考えられていますが、

子どもに何も教える必要はないのです。


子どもに教えるのは、人を愛することだけで十分です。

人を愛することを知っている子どもは、人に対して困ったことはしません。

ルールを教えなくても、出来るのです。

マナーやルールというものは、人がイヤな思いをしないようにどうすればいいか・・と

いうマニュアルにすぎません。

ただのマニュアルなのに、そのマニュアルに価値があるように思ってしまっているだけです。

マナーやルールの本来の目的を思い出してください。

マナーやルールが主で、人が従ではありません。

人に不快な思いをさせないためにはどうすればいいでしょうか?

それは、相手を尊敬し、尊重し、感謝し、干渉しないことです。

それは、相手を”愛する”ことです。



大人たちが”愛”を知り、”愛”を実践していれば、子どもも”愛”を実践するのです。

子どもは大人の姿を見て、社会のことを覚えて行くのです。

大人が”愛”を実践していないのに、子どもに”愛”を説いてもそれは無理なのです。

ルールだから守りなさいとうるさく言っても聞く耳は持ちません。

分かりますね。



もう一度言いますが、”愛”は尊敬と感謝です。

人(人だけでなく、あらゆる存在すべてに)に対して、尊敬と感謝の気持ちを持つことが

出来れば、何も問題を起こすことはないのです。


子どもだけでなく、大人もそうです。

”愛”の意味を知ることが出来れば、争いなど起きないのです。

戦争など起きるはずがないのです。


お互いの考え方、価値観、習慣を尊重しあうことが出来れば、争いなど起きないのです。

私が何をお伝えしたいのかというと・・保護すること、守ることを”愛”だと思わないで

くださいということです。




”愛”に満たされた社会というのは、誰かを守り保護する社会ではありません。

”愛”に満たされた社会というのは、お互いの個性のエネルギーを尊重し、尊敬し、感謝し、

そして、干渉しないということです。

100人いれば100の考え方があるということを理解し、その人がどんなに自分と考え方

価値観が違っていても、それでいいと思える社会なのです。

(あまりに自分と違うならば、どちらが正しいかなどを言い合うのではなく、ただ住み分け

ればいいだけのことなのです。)

そして、お互いに、お互いの力?能力?を信頼し合える社会なのです。


親子愛、夫婦愛、民族愛、宗教的な神への愛・・そんな狭義の愛のために、

争わないでください。

余談になりますが・・戦争はその狭義の愛を刺激して起こされるのです。

あなた達に小さくて狭い”愛”の概念を教え、その”愛”を守るために自分を犠牲にする

ことが素晴らしいことだと教え込み、自分達の利益のために起こした戦争に駆り立てるのです。

誰か大切な人を守るために、自分は犠牲になって戦争に行く・・そんな考え方はナンセンス

だとお伝えしたいのです。



戦争に限らず、普段の生活の中でもそうです。

小さくて狭い概念の”愛”を守るために、自己犠牲をすることが素晴らしい生き方だと教え、

そして、自ら自己犠牲をするようにミスリードするのです。

そうすれば、あなた達は我慢し、そして疲れ果て、そして重いエネルギーを放出してくれる

から支配者たちにとって都合がいいのです。



”愛”は尊敬と感謝です。

その”愛”を実践することが出来れば、人に干渉することがなくなりますので、自分も

誰からも干渉されることがなくなり、お互い自由になれるのです。

お互いの力を信頼しあえることで、コントロールなどする必要がなくなるのです。


あなたの社会、あなたの世界を”愛”で満たしてくださいね。


あなたに愛をこめてお伝えいたします。」


(ここまで)


 

身体をもって ここでの体験を楽しむために来たのだから

 

いろんな愛の体験を まだまだ楽しみたいと思います

 

尊敬と感謝の 愛の交流 今後とも みなさまどうぞよろしくお願いいたします~

 

 

 

 

いつも最後まで読んでくださりありがとうございます

引き続きよろしくお願いいたします ご機嫌さんが増えますように! 

読み終わってから ぽちっとしたい方はこちらからお願い致します

 

人間関係ランキング

 

いつもありがとうございます!感謝しています!