先住民族の生存とは、霊魂、自然、そして人間の生ける混合であるとみなす。すべては分かち難く、相互に依存しあい一つなのだ。これは、年月を通じて神秘主義者と共有してきた全体論的なビジョンである。多くの文化では宗教と言う言葉は存在しない。それが生そのものに緊密に融和しているからである。
多くの先住諸民族にとって霊魂は事物に浸透し、これを活性化する。このため、初期の人類学者たちはこうした信仰を「アニミズム [*1] 」と呼んだ。山々、鳥、動物、植物、木々、川などの自然現象は霊魂を包含(ほうがん)する。
[*1] アニミズム [ animism ]
〈気息〉や〈霊魂〉を意味するラテン語のアニマanimaに由来し、〈さまざまな霊的存在spiritual beings(霊魂、神霊、精霊、生霊、死霊、祖霊、妖精、妖怪など)への信仰〉を意味する。
【霊的存在とはなにか】
霊的存在の典型としての霊魂soulについてみると、それは人間の身体に宿り、これを生かし、その宿り場(身体)を離れても独自に存在しうる実体である。それは人間の物質的・身体的特質や機能にたいして精神的・人格的特質や機能を独立の存在としてとらえたものと言える。
世界大百科事典 第2版 の解説
例えば、南インドのマライパンターラムはトランス状態で、森に覆われた山々や突き出た岩の霊魂に訴える。
超自然的信仰と社会的行為の間にはしばしば緊密な関係がある。社会的事象、特に道徳的侵犯は自然の災害を呼び起こしうる。ガイアナのアカワイオ・インディアンはコミュニティ内の不調和は霊界を狂わせ、病や不運を生じさせると信じている。
いくつかのアフリカの伝統文化では、欲の深さは自然界や霊界への不敬を示し、病気の原因となりうる。病の治療は、通常シャーマンによって執行されコミュニティ全体が関与する複雑な儀礼を要する。その目的は宇宙の調和を復元することにある。
葬儀もまた、喪失の後のコミュニティを一つにしながら、潜在的に危険に満ちた霊界との接触からコミュニティを守る。突然の死や事故死した人の霊魂が野放し状態でコミュニティの脅威となる社会もある。
アマゾンには死者の霊魂が不可視の世界に溶けこめるように故人の思い出を抹消する民族もある。
クリーは死後何年も儀礼を行うことにより、霊が死後の世界でよい生活ができるよう保証する。
死への接し方は非常に多様であるが、多くの民族が誕生と死を一つの世界から別の世界への生の変容であると捉えている。
社会秩序と宇宙秩序は互いを反映し合う。北アメリカでは四つの方向や風がインディアンの生活の全てを包含する。
オグララ・スーのブラック・エルクは彼のパイプの4本のリボンを宇宙の4つの邦楽として述懐(じゅっかい)する。「黒いのは西を表し、ここには雷が住んでこちらに雨を送って来るのです。白いのは北で、全てを清める偉大な白い風の源です。赤いのは東で、光の出るところ、そして朝の星が住み人間に知恵を与えてくれます。黄色は南、夏と育つ力はここから来ます。でも、この4つの霊はただ1つの霊で、ここにある鷲(わし)の羽はその霊を表します。それは父親のようでもあり、また鷲のように高く舞い上がろうとする人間の想いでもあります。」
世界の起源を説明する神話は人々に宇宙における自分の位置や過去との繋がりを思い出させる。あるものはユーモアある皮肉なものであったり、またあるものは複雑で難解である。あるものは、特にアボリジニーのドリーム・タイムのように、遠い過去の力ある祖先の霊による山々、岩、洞、そして川などの創造について語る。またあるものは、神々と人間との間の劇的な分裂や、マオリ伝説における天の父と地の母の突然の別れのように天地の分離を描いている。あるものは、中央アメリカのマヤの聖なる書物のように世界に人間が住むようになった経緯を物語る。
神話は生に意味を与える。
多くの先住民族文化の口頭伝承に見出される豊かな象徴的連関は日常生活に――ハイプや羽根、ガラガラ、色にさえも――聖なるものを持込み、そして個人個人の自分自身および霊魂の世界との接触を保たせる。
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「シャーマンは自らが偉大な霊魂を捜し求める魂であることを知っています。偉大な霊魂は死を知っています。母なる大地は命を知っています。我々は皆霊から生まれ、そして一度生きて再び霊のもとへ帰っていくのです。シャーマンは死が変化をもたらすものであることを知っています。我々は生きた食物は食べません。動物を殺して食べます。種や実は摘まれたときには死ななくても歯の間か、胃液で死ぬでしょう。シャーマンは皆、死がすべてに生命を授けるということを知っています。」
ハイメイホスツ・ストーム、治療師
木の霊
多くの先住民文化では自然界から発せられた霊魂が人間の身体に化身して一生を過ごし、死に際してその源に戻ると信じられている。アシャンティの王が死ぬと彼の祭壇は、横倒しに置かれた森にあるその霊的起源である木へ返される。
死の悪霊
霊は人々から生を運び去る脅威となる。スリランカの仮面で、18の従者を伴った悪霊は死に至る病を遠距離まで伝染させることができる。犠牲者を死から救うために、シャーマンが悪霊を騙し、一人一人の従者と交渉しなければならない。
サネマの誕生
「ずっと昔、先祖たちも全く存在しなかった。たった一人の先祖がいて、それが文化英雄のオマオだった。そして、オマオはサネマを創造しようとしていた。大きな川の畔(ほとり)へオマオはポリ(乾皮が剥がれる堅木)を集めに行った。一本の木を集めてから彼は、もう一本探しに下流に行った。一本の木を持ち帰ると彼は弟のソアウェに『行って私のためにもっとシディシナ(サネマ)を集めて来い』と言い、自分ももっと集めに出かけた。『ああ困った』とソアウェは言った。『兄はわたしがこの木材をとっても早く集めることを期待しているのだ。』そこで彼は出かけて大急ぎでコダリナセ(軟木)を何本も集めた。オマオは戻ると怒った。オマオはわれわれサネマをコダリナセの木から作った。『わたしは、サネマが古い肌を捨て去ることができるように彼らをポリの木から作ろうと思った。そうすれば、夫や妻が高齢になっても川に飛び込み古い皮を脱いで、再び美しくなれたのに』とオマオは言った。しかし弱い木が集められたために、サネマはとても早死にするのだ。だからわれわれは弱くなった。だからわれわれは死ぬ。年老いても思いのままに皮をむいて若返るかわりに、死の悲しみを味わう。
相互扶助 - ボリビアの儀礼的供物
16世紀に南米を征服したスペイン人たちは、ボリビアの台地に人を寄せつけない厳しい環境を見出したが、その土地はアメリカ大陸のどこと比べても非常に高い人口密度を支えていた。ボリビアのインディアンたちは、その人口に足りるだけの食糧を生産するためによく働く。しかし、それだけでなく豊穣(ほうじょう)と良い天候を保証するために自然の力を利用する。
霊魂の世界と、それを拝する人間の間には相互的な関係がある。男性である山々や稲光――天候や動物の群れの主たち――のために、一年中供物を受ける。
男性も女性もトウモロコシや大麦のビールを御神酒として注ぎ、聖なるコカの実を噛んで宇宙の諸力を活用する。
霊や神々は、男性でも女性でもありうるが、皆男女両要素を体現する。インディアンが言うには「全てのものは男でもあり女でもある。」、「雌の」ジャガイモと、「雄の」トウモロコシが農民経済の主要作物である。
集団の儀礼や世界に生命を与える霊は、気候や土地に依存する人々の希望、労働、そして不安に目的を与える。
徹夜の祈り
アイマラ・インディアンは空、大地、そしてあの世の神々への供物を捧げる。神々は夜通し行われる儀礼において、トウモロコシや血の生贄を受ける。
宇宙の子どもたち - ホピ・インディアンの天地創造
北アメリカのホピ・インディアンは故国に辿り着くまで遠く旅をした。ホピの創造の物語は、彼らの移動について伝えており、彼らの世界に関する知識や予言の豊富さの根拠となっている。
最初のホピの世界は、終わりのない空間だった。それは、創造者タイオワの頭の中で形作られた。タイオワは、地、水、そして空を分けたソトゥクナンを造った。また、彼はコキャンウティ、蜘蛛女を造り、彼女が「最初の人々」を形作った。
彼らは、濃い紫、黄色、そして赤、という三相の色で誕生した。各々の色は、神秘、生命の息吹、そして愛の温もりを表していた。彼らは各々異なる言語、お互いの違いへの敬意、知恵、そして生み増やす力を与えられた。彼は、また彼らに創造者を敬い、知恵と調和の授かりものを実践するよう求めた。
伝説によると、これら「最初の人々」は自分たちを知っていた。彼らは、幸せで病を知らず、その数も増えて世界中に広がった。しかし、創造主の命じたことを忘れたときに彼らは論争し、戦うようになった。
幾人かは、昔の法に従って生活したいと望み、ソトゥクナンに助けを求めた。彼は、アリ人間たちと共に地下に隠れて救われるように教えた。そうして、彼は地の表を火で焼き尽くした。
ソトゥクナンは、またホピの第二、第三の世界にも終わりをもたらした。「最初の人々」は第四の世界、「完全な世界」を求めて多くの海を渡った。ついに、彼は暑くも寒くもあり、豊かで不毛でもあり、美しくも醜くもある土地に辿り着いた。
第四の世界の守護霊マサウは、幾度かの移動を繰り返して故国へ向かって旅するように彼らを指導した。「最初の人々」は、ついにコロラド川とリオグランデの間の広大な乾燥した大地に住み着いたのである。
岩石絵画
岩だらけの隆起に施された彫刻は、ホピ・インディアンの日常生活を描いている。例えば、垂直の足跡は南北への旅を示している。省庁のスタイルによって、どのクランのものであるかが分かる。一つの村にいくつものクランが共住することもある。
ホピの村
最古のホピの居住地は、今もオールド・オライビにあり、ここには12世紀からホピが住んでいる。ここも、他のほとんどの村も、アリゾナ北部とユタの平原の砂漠に突如としてせりだすメサと呼ばれる三つの岩だらけの隆起の急斜面にしがみつくように立っている。
ドリーム・タイム - アボリジニーと先祖たち
ワラムルングンジは、海から来て陸を創った。人間の姿の時には女性となり、彼女は人間を産み、彼らに言語を授けた。他の創造者たちも生を与えられた。ギンガは、巨大な先祖ワニであり、マラウティは、ウミワシである。創造の行為が終わり、これらの先祖たちは、自ら風景の中に入った。ワラムルングンジは森の中の白い岩、ギンガは鰐の背のような突き出した岩となり、マラウティはスイレンを持ってきて氾濫原(はんらんげん)に植えた。これらは「夢想の場 [ dream-sites ] 」で、「ドリーム・タイム」の反響であり、今でも彼らをかたどって動物を造ったエネルギーに満たされている。
「ドリーミング」や「ドリーム・タイム」は、アボリジニーの言葉からの直訳であるが、我々の知る夢とは全く異なる。ドリーム・タイムとは4万年以上前の生命の始まりを指しており、それはまた将来にわたる生命の存続のカギである。人間は、先祖たちからすべてをドリーム・タイムにあったとおりに保つよう指導されている。
アボリジニーの文化は、彼らが協調的な部族や家族集団を形成し、法を制定し、日常生活を舞踏で表現し、加工品を作り出し、法に従い、土地の資源を管理するようになって発達した。
彼らは、象徴化した絵、彫刻、岩の上の形象、煙、精神感応、部族間で用いるシンボル、加入儀礼のサイクル、舞踏の交換、そして複雑な言語パターンによってコミュニケーションを図る。それらは、すべて5000年前に文字が発達するより遥か前から存在した、洗練された文明の一部である。
ドリーム・タイムのイメージ
絵を描くという行為が絵描きをドリーム・タイムへ繋ぐ。3万5000年も昔の岩絵は、創造者たちによって残されたものと考えられている。アボリジニーは、粘土や自然の塗料を使って、この技を続けてきた。今日より一般的なのは、木の皮片に描く絵である。南オーストラリアのマウント・ウェッジに近いカピに、水の夢を示している絵がある。同心円は、ドリーミングの二人の男が雨乞い儀礼を行った場所を記している。
生命のエネルギーに満たされて - コロンビアのシャーマニズム
世界を説明づけ、人類と創造者を媒介する知識や行為は、社会ごとに大きく異なる。多くの先住民族コミュニティでは、時にシャーマンと呼ばれる霊界と人間界との仲介者がいる。シャーマンは、関係を調整し、コミュニティの内部で、そしてコミュニティと超自然または霊界との間の調和を確保すべく努める。
コロンビア・アマゾンの北東部に住むトゥカノ語族のウファイナは、彼らを取り巻く世界がエネルギーに満たされていると信じる。彼らの日常生活は、この信仰に影響され、ジャガー・マンとして知られるシャーマンが実践的な知恵も宗教的慣習をも調整する。彼は、どの儀礼が行われるべきか、またコミュニティはいつ別の場所へ移るべきかも決定する。彼は、経験からどの資源が絶滅の危機にあるかを知っており、霊的な予見によって導かれる。彼の責任は、霊のエネルギーを動物、人間、霊界の間で移動させ、見えない霊的物質の危険な蓄積を防ぎ、生のよどみない流れを保証することである。
ウファイナは、エネルギーの量には限界があると信じている。誕生においてその力のいくらかが体に入り、死においてそれは源に戻り、再びそこから再利用される。この力には限界があり、統制されて全ての生あるものの間に注意深く循環されなければならない。ジャガー・マンは、各々の生の領域の間で調和的な均衡が維持されることを保証するために、個人とコミュニティを見守る。
儀式用の衣装
シラサギの羽根から作られたこれらの頭飾りは、トゥカノの下位グループであるマクナが、儀式的な舞踏に用いる。非常に高価なものとされ、籐で編まれた特別の箱に納められている。前掛けも祭りの時に着用される。
意識の変異状態
トゥカノの下位グループであるバラサナ出身のインディアンは祭りの期間中、チチャの入ったヒョウタンを回し合う。チチャ、コカ、その他のある種の幻覚剤が、彼らの儀礼の一部分として使われる。
先住民族の文化は、多様であるが同時に共通した価値観や経験があります。それは、大地と密接な生きた関わりを保つところ、互恵的な交換という協力的な態度で、地球と地球が支えている生命に敬意を払い、人類を数ある種の一つとして認識する姿勢です。
参考文献
図説 世界の先住民族
著者:ジュリアン・バージャー
発行:株式会社 明石書店
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