しばらくブログの更新ができずごめんなさい💦
私は元気ですよ~(^_-)-☆
心配してくださった方々ありがとうございます❤️


今日はプライベートとなお話になりますが、


12月3日、大好きな祖母が新たな世界へと旅立ちました。


祖母は、私にとって祖母であり、
第二の母のような存在だったので、
悲しみは大きく落ち込んでいましたが、
今は天国で大好きな祖父と再会できて祖母は喜んでいるんじゃないかと思い、祖母の新たな旅立ちを心から見送ろと決めました。



私は3歳の時、福島を離れ北海道の祖父母の家に預けられ、祖父母と私、3人で暮らしていた時期がありました。


不思議なことに、あのころまだ3歳だったのに、あの頃の記憶をほぼ覚えています。


私はきょうだいの中でも一番気が強く、癇癪持ちでとてもとても手がかかる子どもでした。



北海道での生活も、まず朝目覚めればすぐ、
畑仕事で隣に寝ていたはずの祖父母がいないことに気づくと、大声で泣き叫び、起きたことを鳴き声で知らせ、慌てて駆けつけてくれる祖母の迎えを待ちました。
(←かなり計算高い悪い子ですね私…。笑)


でも、そんな私でも祖母は、今起きたんだね~。淋しい思いをさせてごめんね。と、いつも優しく抱きしめてくれました。


そしていつもどこに行くにも私を連れていてくれました。仕事の時も、ずっと私をそばにおいてくれました。
トラックを運転する祖父と助手席に座る祖母の間にちょこんと座るのが私の特等席でした。
私は祖父母の愛情をたくさん受け育ちました。


両親の元え帰る日、帰りたくないと泣きだしたのも覚えています。


それから小学2年生になって、新居(現在の実家)が出来た時、北海道から祖父母を呼び、また一緒に暮らすことができました。


そこからの生活も、共働きで忙しい両親にかわり、いつも私と弟を寝かしつけてくれたのも祖母でした。



いつも側にいてくれた祖母。
ずっと側にいることが当たり前だと思っていた祖母の存在。
そんな祖母がもう側にいないのかと思うと本当に寂しいです。


おばあちゃん、
今までたくさんの愛情と優しさを注いでくれてありがとう❤️
私に優しさ、思いやりの気持ちを教えてくれたのはおばあちゃんでした。
いつか、私に女の子が授かったら、おばあちゃんの生まれ変わりがいいな~。。。
また会いたいです❤️
そんな願いを込めて、これかも頑張るね。







今日だけ、がっつりプライベートでごめんなさい。明日からまた通常通り頑張りますので、今後共よろしくお願い致します。



Machi