あらかじめお断りしておきますが、俺はサッカーのことはあまり知りません。あしからず…。
サッカー ワールドカップ ドイツ大会。
昨日の試合でメンバー選定への試合スケジュールが終了したとか。
で、明日、ドイツ大会メンバー23人が発表になるという。
まぁ、誰がどうとか、俺にはよく判らないけど、今回の監督であるジーコ監督の方針からすれば、前回の日本・韓国大会では落選した“N”選手はメンバー入りするのではないかと勝手に予想している。
前回の日本・韓国大会で監督をしたP・トルシエと、今回のドイツ大会の監督であるジーコでは、基本的な考え方が180度違っていると(俺は)思う。
トルシエは、『チームという集団の為の選手の技能』
ジーコは、『選手の個人技能の集まりのチームという集団』
トルシエの場合は、監督を中心として一つのチームを作る為に各選手のスキルアップをしてきた。それは、チームの為に。
ジーコの場合は、まず各選手にスキルアップをさせ、それがチームの為にどの様に役に立つのかを、各選手に考えさせた。それをチームという『集団』が如何にレベルアップできるかを、これも各選手に考えさせた。監督は基本的に『チームの進むべき道』が本来の道からズレて来た時だけ指導して修正する。
もっと判りやすく言っちゃえば、トルシエは、リーダー(=監督)の言う事が優先なタイプ。 ジーコは各選手とその集合体である『チーム』の自主性に任せるタイプ。
(だと思っている…)
都合8年か…。
P・トルシエのサッカーと、ジーコのサッカーを見比べて俺が思った事は、
『トルシエのサッカーに対する考え方だと、世界に“ある程度しか”通用しない』
そして、
『ジーコのサッカーに対する考え方だと、成功するのにまだまだ時間がかかる』
ジーコのサッカーに対する考え方には、当然日本サッカー協会も同意をしていて、また、覚悟を決めていたはずだ…。
そして、俺は思っている。
ジーコの考え方って、今の『日本』の進むべき道そのものじゃないか?
今の日本は、もう『企業の歯車となって(定年まで)働く』時代はとっくの昔に終わっている。 今や、各個人が新しい事を自分で考え、そして実行していく。そんな考え方でなくてはいけないのではないのだろうか?
俺はジーコのサッカーを見ていて、つくづく思った。
明日、サッカー ワールドカップ ドイツ大会に、ジーコはどのようなメンバーを決め発表するのか。
今から楽しみだ。