これは、ちいさなちいさな国の、ちいさな王子さまと、ちいさな王子さまが大好きな、おおきな王さまのおはなし。
おおきな王さまは、きれいなものが、大好きでした。
お花や宝石、食器にお城。
この国にあるものは、なんでもきれいでした。
ちいさな王子さまは、そんな国と、王さまが、大好きでした。
それと同じくらい、このお城で暮らしているみんなが、好きでした。
みんなは、ちいさな王子さまのごはんを作ってくれたり、着替えを手伝ってくれたり、一緒に遊んでくれたりします。
おおきな王さまはいつも忙しそうにしています。
だから、ちいさな王子さまはいつもみんなと時間を過ごします。
けれど、おおきな王さまは毎晩必ずちいさな王子さまに「おやすみ」を言いに来ます。
ちいさな王子さまは、その時間が、一日の中で、いちばん幸せでした。
今日も、いつもと同じ時間に、同じノックの音を響かせて、おおきな王さまが、ちいさな王子さまの部屋へやってきました。
そして、いつもと同じように、いつもと同じ椅子へ腰掛けて、ふたりはおはなしを始めます。
ちいさな王子さまは、言いました。
「どうしてぼくは、王子さまなの?」
すると、おおきな王さまは、言いました。
「王さまが、いちばん愛している人が、王子さまになるからだよ。」
すると、ちいさな王子さまは、また言いました。
「じゃあ、ぼくがいちばんじゃなくなったら、ぼくは王子さまじゃなくなるの?」
すると、おおきな王さまは、言いました。
「そうだね。でもだいじょうぶ。だって、王子さまがいちばんじゃなくなることは、ないからね。」
ちいさな王子さまは、すこし眠たそうにしながら、また言いました。
「そっか。じゃあぼくは、ずっとずーっと、王子さまなんだね。」
おおきな王さまは、なにも言わずに、ただ笑いながら、ちいさな王子さまの頭をなでました。
そして、「おやすみ」と言ってから、ちいさな王子さまをベッドへ連れていきました。
ちいさな王子さまがベッドに入って、「おやすみ」と言うと、部屋の明かりが消えました。
おおきな王さまは、部屋のドアを開くと、すこしだけ立ち止まって、言いました。
「明日、宝石を捜しに王さまはみんなと一緒に遠い国へ出かけてくるよ。すごくすごーく長い旅になると思うよ。ああ、でもだいじょうぶ。王子さまの周りにもちゃんとみんなはいるからね。」
ちいさな王子さまは、眠い目をこすりながら、言いました。
「そっか。それならだいじょうぶ。またきれいなものが増えるんだね。楽しみだね。」
おおきな王さまの顔は、見えません。
「そうだね。それはそれは、今までに見たこともないくらいにきれいなものだからね。ほんとうは、いつも近くにあるのだけれど、なかなか手に入れることはできないんだ。」
おおきな王さまは、前を向いたまま、動きません。
「ふーん。それは、どんな色をしているの?」
ちいさな王子さまの目は、どんどんどんどん閉じていきます。
「そうだねぇ。白や黄色、赤もある。青いものも、見たことがあるよ。」
「そっか…それは、どんな形をしているの?」
「丸だったり、とがっていたり。まっすぐな形になるものもある。」
「うーん…ぼくにも見せてほしいなぁ。」
ちいさなの頭は、もうほとんど布団に隠れて見えません。
「そうだね。きっと、見れる日が来るよ。それは、いつでも王子さまの、側にあるはずだから。」
ちいさな王子さまは、答えません。
おおきな王さまは、ようやく振り返ると、もう一度ちいさな声で「おやすみ、坊や。」と言ってドアを閉めました。
真っ暗な部屋の中で、ちいさな王子さまは、深い眠りにつきました。
次の日の朝、ちいさな王子さまが目覚めると、おおきな王さまはもうみんなと一緒に出かけていました。
それでもちいさな王子さまは寂しくなんてありませんでした。
なぜなら、いつもご飯を作ってくれる人も、いつも着替えを手伝ってくれる人も、いつも一緒に遊んでくれる人も、みんなみーんなお城に居たからです。
お城の中からいなくなったのは、おおきな王さまだけでした。
そして、その日の晩。
はじめて「おやすみ」のない夜を迎えたちいさな王子さまは、なかなか眠たくなりませんでした。
みんながちいさな王子さまの部屋へ来て、「おやすみ」を言います。
ちいさな王子さまも、いつもおおきな王さまに言うように、「おやすみ」を言います。
けれどもちっとも眠たくありません。
ちいさな王子さまは、また遊びたくなって、部屋の外へと出ていきました。
お城のなかは、静かです。
きっとみんな、ベッドの中なんだろうな。
そう思うと、ちいさな王子さまは、わくわくしてきました。
いつもは下へ降りる階段を、上へ上へと昇っていきます。
なぜならそこは、いつも「行ってはいけない」と言われていた場所だからです。
上へ上へ。
ちいさな王子さまは、階段を昇るたびにわくわくします。
何があるだろう。
何があるだろう。
そして、ちいさなちいさなドアを見つけました。
ちいさな王子さまがくぐれるくらいの、ちいさなちいさなドアでした。
ちいさな王子さまがそのドアをくぐると、そこには見たこともないくらいたくさんの宝石がありました。
ひとつひとつが輝いて、その光がゆらゆらと動いています。
ちいさな王子さまは思いました。
「王さまが探していた宝石は、これだったんだ!」
そうです。
この宝石を手にいれるには、あの、ちいさなちいさなドアをくぐらなければなりません。
おおきな王さまでは、絶対にくぐれない、あのドアを。
「だから、近くにあるのに手に入らないって言ってたんだ!なんだ!ぼくに教えてくれればすぐに手に入ったのに!」
ちいさな王子さまは、喜び、はしゃぎ、宝石へと手を伸ばしました。
しかし、いくら掴もうとしても、王子さまはその宝石を掴めません。
何度も何度も手を伸ばします。
すぐ近くに、その宝石はあるのです。
「そうか!わかったぞ!この宝石は、ずっと遠くの国にあるんだ!でも、とってもおおきいからすぐ近くにあるように見えるんだ!そして、あのドアは、その国への近道だったんだ!だから王さまは、長い旅をしなきゃいけないと言ったんだ!」
ちいさな王子さまは、さらにわくわくしてきました。
だってそうでしょう?
こんなにきれいで、しかもとてもおおきな宝石を、王さまが持って帰って来たとしたら?
ちいさな王子さまは、きっと、嬉しくってお城中を駆け巡るでしょう。
「そうか!そうか、そうか、そうか!きっと、王さまはぼくに秘密にして、驚かせようとしていたんだ!ぼくが喜ぶと、わかっていて!」
ちいさな王子さまは、その場を駆け巡ります。
ちいさな王子さまの部屋よりも、ずっとせまくて、ずっと寒い、その場所を。
「楽しみだなぁ、はやく帰ってこないかなぁ。」
ちいさな王子さまは、もう一度宝石に手を伸ばします。
すると、宝石がきらりと輝きました。
それはまるで、おおきな王さまの「おやすみ」のように、優しい光でした。
「ああ、そうだね。眠たくなってきたよ。ありがとう。」
ちいさな王子さまは、目をこすりながら、宝石に話しかけました。
「いったいきみは、どこにいるんだい?すごくすごーく遠いところなんだろう?」
宝石は、もう一度輝きました。
「寂しくはないのかい?みんなは近くにいて、お話しているのかい?」
すると、周りにあった宝石たちも、いっせいに輝きました。
「そっか。うん。そうだね。寂しくないね。だって、みんながいるんだもの。」
ちいさな王子さまは、とうとうその場に横たわってしまいました。
嬉しくて、眠たくて、とても暖かくて、いい気持ちです。
「うん。おやすみ、宝石さんたち。おやすみ。ぼくも、いつでも近くにいるよ。」
ちいさな王子さまは、そのままゆっくり、眠ってしまいました。
そう、それは、おおきな王さまの「おやすみ」を聞いた後のように、とてもとても幸せな気持ちでした。
ちいさな王子さまは、自分の部屋以外で眠るのは、これがはじめてでした。
おおきな王さまがいない夜も、はじめてでした。
はじめて、一人の夜を過ごしたちいさな王子さま。
そんなちいさな王子さまを見守るように、真っ暗な空には、たくさんの星たちが、色とりどりに輝いていました。
そうです。
ちいさな王子さまは、はじめて星を見ました。
はじめて外の空気を吸いました。
はじめて空を見上げました。
そこには、ちいさな王子さまが大好きな、おおきな王さまの笑顔がありました。
ちいさな王子さまは、ひとりではありません。
これからも、ずっとずーっと、おおきな王さまが、星たちと一緒に、毎晩「おやすみ」を言ってくれるのでした。
~おわり~