このブログを始めてしばらく更新をしていなかった。

 

今の仕事を休職してから早1カ月強。

休職直前は仕事から帰宅中、電車でも家でも急に涙が出てきたり、

取引先や同じ会社の人の電話でさえためらい電話に出れなかったことが続いた。

 

休職後、いまは精神的にも体力的にも回復しつつ自分が本当は何をしたいかを考えている。

「自分が何をしたいか」これはこの1カ月考えてみて人間に共通する【人生の課題】であることを悟っている。

確かにぱっと「私は何をしたいのか」が思い浮かべばこれほど楽なことはないし、人生は必ず成功するけれど、つまらない人生になると思う。

 

「何をしたいのか」は永遠の課題である。

 

 

最近、いまやっていることは本当に自分のやりたいことなのか

生涯かけてやりたいことなのか。わからなくなってきた。

 

 

なぜだろう。私はなにをしたいのだろう。なにになりたいのだろう。

 

 

営業の人がお客さんの要望を聞いて、

設計の人が要望に沿ったデザインを考えて、

制作管理が実際に空間を立ち上げる。

 

設計がデザインした空間がお金にするといくらになるのかを出して

内装、電気、給排水を合計して予算に合うか確かめて

合わなかったら改修案がお金にするといくらになるのかを出しての繰り返し。

 

 

ふと思ってしまった。

 

 

制作管理って面白くないな、と。

お客さんの要望に沿った案をお金に換算して工事の組み立てをして

夜間と言われたら夜間で工事を管理して、できたら引渡しをする。

 

 

面白いのか?

私のしたいことはこれだっけ?

将来かけてやりたいことはお客さんの望む空間の工事の手配か?

 

 

 

直感的に、違う気がする。

もちろんこの仕事が世の中で絶対に必要な仕事であることはわかる。

でも私がやりたいことじゃないと思う。

 

 

私がやりたいこと。

今はまだない、世の中の人に役立つことをしたい。

世界の人じゃなくても日本中の人じゃなくてもいい、

もっと狭いところでいいからここがあってよかったな、

プロデュースする立場の仕事がしたいと思う。

 

 

私から導く。

 

 

そんな仕事がしたい。

江の島っていいな、と私はずっと思っている。

海があるからというのももちろん合っているけれど、もっと理由がある。

それは江の島に住んでいる人は江の島が好きだと思っているから。

 

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自分の住むところを決める時、人は何を基準に場所を選ぶのだろうと考えた時に出てきた答え。

・都内までの距離(この駅だったら渋谷まで1本だから便利だな、とか)

・勤めている会社までの距離

・駅の周りのお店(帰宅のついでに寄れるコンビニがあるか、スーパーがあるか)

・ステータス(当てはまらない方すみません。)

パッと思いついたことをつらつらと書いてみた。

この4つを見た時に感じたこと、すごく苦しいなと思った。

勤め先が東京駅だからそこから30分以内で通えるところに住もう。

新宿まで遠いところは嫌だな、不便だし。

 

環境に自分を寄せていると思った。そして今は私もその一人。

 

 

 

江の島に住居を構える人の表情はとても穏やかな気がする。

どうしてだろう、と考えてみた。

考えれば考えるほど同じ答えが頭の中に浮かんだ。

 

 

江の島が好き。

 

 

海がある江の島が好き。

散歩ができる江の島が好き。

美味しい鎌倉野菜がある江の島が好き。

緑がある江の島が好き。

神社がある江の島が好き。

海を眺められる江の島が好き。

全部が好き。

 

 

 

 

江の島に住んでる人は江の島が好きだから江の島に住んでいるんだ。

通勤時間、都心までの距離なんて関係なくて好きで住んでいる。

江の島が好きで、江の島に住みたくて職を変えた方もいらっしゃるかもしれないと思った。

羨ましいな、そういう方の話を聞いてみたいな。

どんな覚悟で職を変えたのか、江の島のどこが職を変えてしまうほど魅力的だったのか。

 

 

聞いてみたい。

 

 

 

好きだからそこに住んでいる人が多い場所は魅力に溢れている。

それは便利とはまた違う、何か。

何だろう、私も江の島に住みたい。

今の仕事を断ち切って。

 

 

朝目覚めたら海の音が聞こえて、鎌倉野菜を使ったサラダと美味しいパンで朝食をとって、

江の島で生活している人たちのためのちょっと立ち寄れる場所を作ってひたすらその人たちが来るのを待つ。

 

 

そんな生活ができたらどんなに幸せだろう。

好きなことを仕事にするってどんなに幸せなことなんだろう。

 

 

 

 

 

 

今日からブログを始める。

というよりも、その日思ったことを毎日とも決めずにゆっくりやっていこうと思う。

私は後から自分が昔に書いたものを読み返すのが恥ずかしくて日記を書いたことがない。

あまり意味がないと思っていたから。

 

このブログを始める最も大きな理由、軸にしていきたいもの。

それを『自分の気持ちの観察』にする。

先にも書いた通り、”残す”ことが苦手な私は「前にもこんなことを思ったな」と思うことが多い。

それはもったいないと思った。

「どうしてそう思ったのだろう」を考えた時に初めて自分を知ることができるのに。

これまでの人生で他人と違う視点になることが多いと思った。

どちらかと言えば私が感じることは”本質”というか、映像や発した言葉を受け取るのではなく

発した人物から出る言葉の背景だった。行動ならその行動をするに至ったその人の生い立ちとか。

 

どうしてこの人はこういう発言をするのだろう。

例えば落ち込んでいる人に励ましの言葉をかけてあげる人の「やればできる」には、

この人には「やればできる」とずっと信じてくれたご両親がいたのかな。とか。

どうしてこの言葉をかけたのだろうという事が気になる。

自分のことでもそう。私はなぜあの時この言葉が出たのだろう、どの時の自分がそうさせたのだろう、と後で思い返す。

 

なので、これから私の思ったことをブログを書きながら考えることにしようと思う。

ルールを設けたい。

 

①”毎日”とルール決めない

親元から離れてみてわかったけれど、私は以外と『こだわるところだけ完璧主義者』だ。

(ちなみにそういう人は結構多いと思う。というか世の中の大半の人か...!?)

毎日ということが課題になってしまうと、続かない。1日途切れた時に完璧ではなくなってしまい、その時点でこのブログをやめてしまうと思う。

このブログの軸は『自分の気持ちの観察』であり、毎日日記を書く事ではない。

 

②思ったことに対して率直に自分の感想を書く

当たり前のことだけど、私には難しい。世の中の背景・風潮や色々なものを思い起こして「だったらしょうがないか」とか「こういう時代だから」と自分の気持ちを整理してしまう。

だから、一回自分の生い立ちを元に私の素直な感想を書くことにする。

色々思い起こすのはその後にする。

 

③自分の書いたことを後日もう一度見返す

後日に意味がある。

冷静になった自分にもう一度見てもらって「やっぱりそうだよな」と思ったら、

自分を信じる糧になると思うから。

 

以上の3つのルールを守ってこれからブログを書く。