孤独を求めた時代 | Manga●製作所

孤独を求めた時代

今日は幹ティーさんのブログに触発されてちょっと過去の自分を書いてみる。

ある時期、孤独でも寂しくない人になりたくて努力をしていた。

そう、夢はまさに、霞を食べ、山奥でもへっちゃらな人。

修行は恐ろしく困難だった。私は著しく集中力がなく、物音でさえ尻尾を振ってしまう。
(>_<)ん゛------!!!違うダロッ!! …って叱咤しつつ・・・

これ以上他人から傷つけられるのが怖かったんだと思う。
人生の底がもっと底だったらと考えると世に中に絶望して怖かったんだと思う。
回避する方法がそれだけだと思えたんだと思う。

底ってね?悩みを解決をする行動もしないで増やしてく事が底を深くするんだと思うんです。
動かない体が床ずれするのと同じ。痛みで余計動けなくなる。
心も・・・・実はありもしない臓器なんです。傷が付く物質なんです。

それに気が付いてしまった時、防御しようって思うのが心情。
一人で生きていけるなんて、なんて凄いトップ防御!…と私もなったのです。

そこに師匠が現れました。
私の3人目の父です。(母はきっと貞操がないです)
彼は母と付き合うまで飄々と酒を飲み、誰とも付き合わずに生きてました。
たぶん・・・20年以上かな?母から聞いたけど覚えてないな。

理由は一つ。気位の高い床の母の面倒を他人に見せるのが申し訳なかったんでしょう。
(アレ? 誰かにかぶるぞ?ww)

私は孤独な師匠と崇め、いつも
「どうして、ひとりでも寂しくなかったの?」
と質問したものです。

儀父はいいます。
「一人は退屈だけど、寂しくはないよ?」
「ホラ、みてごらん?桜の香りがする頃にはさ、冬どんだけ寒かったかなんて忘れるだろう?」
「今は堤防になってしまったこの海岸も太陽が昇る位置だけしっかり覚えてるからまた来れるんだよ?」
「雪を知らないで生き死にを語ってはいけないよ?これが本来の日本の冬なんだから。」
「本は読んでも読んだって言わない事だ。カラオケも酔っても1曲歌うのがいいもんだ。」
「逃げる酒は飲むな。楽しい酒だけ飲めよ。」

そして、すべてに納得できない私に儀父は言った。

「 Kちゃん・・・おれは今までの人生一度だって・・・真剣に走った事がない。
だから、そんな風に悩むKちゃんが実は少し可哀想だと思うんだよ?
走って苦しいのは誰もそうだ。 だから時には止まって息を整えればいいのに・・
Kちゃんはいつも走りっぱなしで回りなんか見えてるのかね? 」

その時ではない。
その時ではないけど、孤独と仲のいい人はあまりいろいろ考えてないって事を解った。
それは現代社会では無力だ!むしろ無知だ!と言いたかった。
でも、それだから 孤独に愛されたのかもしれない。

それから。

私は儀父といる時は、儀父の生きる時間に合わせた。

桜の香りがする頃、暖かくなってるのをわかった。
太陽の四季の高さもわかった。空の色の違いも知った。
雪深いある土地にいった時、何も言わず付いていくと
山に囲まれた地に “フィリピンに死す”という儀父のおじいちゃんの慰霊碑を見た。

一歩一歩・歩くと、全力で走ったコトない人の人生があるって知った。
てことは、あまり考えなくても、誰にでも、朱色だったり白だったり緑だったり。

いろんな人生があり、私が孤独になりたいって思ってたコトも、実は
そういった見えてなかったものたちの為に、止まりたかっただけかもしれない。
そう思いました。

とらわれるな。

今、自分のペースはどれくらい?

息せき切ってるなら・・・ペース配分違うのかもよ?

孤独になるのが解決と思うなら…孤独になるためにサンバルカンみたいに
太陽と地球と四季を友達につける事だ。

一生受信。

一生感覚。

・・・でもさ、そんな師匠だって我が母アバズレと暮らしてる訳でさ、
霞を食べて受信するより、
人間であり動物なので、できる限り、発信して、捕まえて、生きて行きたいなって。

ヒョウは繁殖期に夜中、地面を掻いてうなる。
それは100M以上に響いて雄を呼ぶそうな・・・(アレ?ヒョウだったか?ピューマかも!)

群れを成さない動物でも身を寄せ合う時期を知っている。
しかも自分から発信してる。

きっと、ある時期がきたら人は発信してしまうのかもしれない。

でもそこは、人間。失敗もあり、成功もあり。^^

私は…それでも走り続ける生き物だろう。
そして、いつまで立っても父は全力で走らないだろう。

双方を愚劣する気はない。

今は、孤独もいいやと思える、中途半端人間だけど、コレだけは言える。

儀父は、私の考えの頂点に決して立つ事はないのだと。

でも、それも

全力で走らない

人生。





私はある意味ものすごく尊敬して、たまにおじゃまさせていただく。

・・・・おじゃまさせてくれる自体がなんか人間としての器が違うのを感じます。