家に帰ると残念な顔をしてオクタマが元気なく迎えてくれました。
どこを探しても指輪が見つからない。こんなことになってしまった自分が嫌になってしまったんだとか、本当にその通りです。



□夫婦キャッチ
オクタマ「やっぱり見つからない。こうなったら、旦那タマに買ってもらおう!!」
旦那タマ「意味、分かんないんですけど・・・」


オクタマは指輪捜索を断念しました。そして、結論はもう一度買ってもらえばいいとか・・・何を言っているのか分かりません。
もともと、なんでもかんでもその辺に置いてしまい、何処に置いたか分からなくなってしまう性格に問題があるのです。

爪切り、はさみなどの日用品から、携帯電話やメガネケースなどの必需品も見あたらなくなってしまいます。
まさか、外した指輪をどこかにやってしまうなんて思いもしなかったけど、これが現実ですからね。
それでも懲りないなら救いようがないですよ。



仕事で疲れ、家庭で疲れ、世の男の不憫さは理解されないものなのか、嘆くのは我が身の置かれた状況です。
あまり愚痴ばかり言っていると運も逃げてしまいますから、弱ったときこそ良い言葉で自分を励ますことにしています。


先日買った「いい言葉は、いい仕事をつくる」は簡単に読めて、元気になります。
こんな良い言葉が普通に出てくる経営者だったら、世の中のサラリーマンはどれだけ救われるのだろうか、そんなことを考えているからいけないのかもしれません。
良い言葉を使うことができないから、この程度なんだよと受け止めることにします。


それでも、自分の経験から知ったことがいくつか掲載されていることが励みにもなります。
自分やっていることは特別ではない、やるべきことをやった結果がこうなったという必然であることが客観的に立証された気分ですね。
また、自分の中で当たり前のことや、意味を理解しきれていないことなども文章で読んで納得することがあります。


まだまだサラリーマンとして出来ていないことが多いのだな、なんて感心していて、ふと思うことがありました。
自分はいつからサラリーマンだったのか?技術屋としての自覚を持って仕事をしていたつもりだったけど、何処までいっても会社に属している以上はサラリーマンなんですね。
自分がどう思っていようと、それ以上でも、それ以下でもない。


自分の中で割り切れない思い、納得できない状況などよくよく考えてみれば当たり前のことだったんです。
今更ながら、よくこんな状態でやってこれたな。だから、変な疲れ方をしていたのかもしれないですね。
もっと、サラリーマンとしての自覚を持って行動しろということなのか、なるほどね。


そんな考えに至ったところでサラリーマンとはなんぞや?という疑問が生じました。
夜中に面倒なことを考えるのはよそう、と考えるのをやめたとき、これがオクタマ流か?と別なことにも気がついてしまいました。
なるほど、周りの状況を見るだけでなく経験することで知識を知恵にすることができるということですね。
少し、オクタマのことも分かったような気がします。