実は話好きだと言うことに気づかされる一日でもあった。
ひどいときには会社に行っても一言も話さないでいるときもあるのに、会議などで一日中話しっぱなしの時もあります。今日は、そんな勢いの日でした。


そのままのテンションで帰宅してしまうと、オクタマにもやたらと話しかけてしまい、遅い時間まで話が終わりません。困った性格、いや、性質ですね。



話しながら、なんでこんなに話が長くなってしまうのかと言うことを考え直すと、話の論点がずれていってしまい、最終的に「何の話をしていたんだっけ?」という結論に至ることが分かりました。
考え無しに話しているからこういうことになるのですね。もっと、論理的な思考で物事を考え、必要最小限の言葉で伝える術を身につけたいと思います。
これって、嫌な話し方になるのかな?とにかく、会話をする機会が少なかったこともあり、良い話し方、議論の仕方などが身についていないと言うことなんでしょうね。



毎日のようにオクタマと話をするけど、話し方の練習にはなっているのでしょうか?
社会人として、それ以前に個人としてのあり方を問われているような気がしています。そんなことを考えたからなのか、眠れなくなってしまいました。


3時間も寝ていない頭では思考は深みにはまるばかりです。まずは、自分が考えられる状態にならなければ話にならないということですね。
口を噤み、思想にふけるときも必要と言うことだけど、どうしたものか、座禅でもして精神を鍛えてみようかな、雑念が多すぎるようですからね。



自分で考えられないというなら、別の物で補足するという考え方もありますね。アニメで良く出てくる、判断をするコンピューター、人工知能のことです。
さすがに、ここまで突飛な考えになって、全ての意志の決定を機械任せにする気にはなりませんが、状況を論理的に解析する手段としては面白いかもしれません。
そんなこともあって、ずいぶん昔に買った本を読んでいました。


デイビッド・M. ボーグ, グレン シーマン, David M. Bourg, Glenn Seemann, クイープ
ゲーム開発者のためのAI入門


人というのは困ったもので、自分でも分かっている問題を改めて指摘されると怒ってしまいます。言った相手が気に入らない人だったら喧嘩になるし、自分の身近な人だったら逆ギレしてしまいます。
さて、それが機械だったら・・・たぶん、壊してしまうでしょうね。


結局のところ、自分のことは自分で考え、自分で答えを見つけるしかないと言うことです。自分以上に自分のことを考えることができるものなんてないのですからね。



□夫婦キャッチ
オクタマ「それってどういうことなの?」
旦那タマ「分からないときは?」
オクタマ「・・・調べろってことね」
旦那タマ「そのための広辞苑です」



なんでも聞けば分かるけれども、時間に余裕のあるときは聞く前に調べるという習慣を身につけて貰いたいです。できれば、ネットではなくて辞書を使ってね。


そういうことをことあるごとにオクタマにすり込んでいます。そのために高いお金で買ったんだから、元は取って貰わないと貧乏性の私としては納得できません。
机に飾る物ではなく、辞書は引いてなんぼですから。