人は目に見えない事象や理屈に合わないことを忌み嫌ったり否定したりする。

 例えば、幽霊とかUFO。信じます?

 

 麻雀はまさに目に見えない部分を推察しながら闘うゲームである。

 目に見えない部分とは、山牌、王牌、相手の手牌、相手の思考に「運」。

 

 運!? 運ってなんだろう????

 

 5巡目、自摸ってきた4pいらないのでポイっと捨てると「ロン、タンピンドラドラ8000点」とか言われる。

 同じく5巡目ぐらいで自摸って来た發要りません。場に一枚切れているのでポイと捨てますと、「ロン、チートイドラドラ6400点」と言われる。

 

 当てられた方は事故で運がない。和了った方は運が良いってことかな。 これって何だろう。

 

 『事故、事故、こんなの忘れて次行こう』って考えるにしても、一つの結果がそこで出てるし、その点差がオーラスまで確実に影響する。

 

「運」なんて考えても仕方がない。そんな領域はオカルト、神仏、お化けの領域だから、考えすぎると精神衛生上よくないのかも知れないが、一方で人には、目に見えない事や理屈に合わない事に対して、「勘」いいわゆる直感で対応したりする。「何にかわからないけど、こっちー」て感じ。霊感山勘第六感だ(歳だねぇー 笑)。

 

 (そういや以前、初心者の方が卓について、「麻雀入門」といった類の本を膝に置きながら打っていたが、麻雀っていちいち本をみながら理屈確認するゲームでもないんだけどねぇ、人間観察としてはおもしろかった。だけど、お守りとしてその本を抱きかかえているならありかもね。そうお守りはいいかも。)

 

 それから、突然の閃きといった直観で物事を判断することもよくある。

 直観は日頃意識していないが、経験や記憶のピースの寄せ集めが判断材料になっている。

 『この手は平和にならない。チートイだとか。国士だとか。四暗刻だ等々』とか配牌からは想像できないような手を作っていくとかね。

 

 で、そういった「4p」や「發」ってのもね、勝ち組の人や上手い人はね、止まっていることがよくあるんだよねー。

 常にそういうのが止まってる訳じゃ当然ない。

 特に、勝負場の南場とかオーラスとかだと、そういうのが目立つのでそう思うのかもしれないが、GAY君とかよく止まっているんだよね。本人は「やばーーーー」とか言ってるけどね。麻雀大臣様もよく止まっているんだよね。

 それで、どれだけの私の役満が抑えられているのだ(笑)。捨て牌見ても脈絡ないんだけどね・・・・。

 なんでその西とか北とかとまるの??、他家からリーチも入ってるのにー(笑)。

 

 これも思い過ごしかもしれないが、ダマで張っていると、どうも当たり牌を出してくるのはラス目の人なんだよねー。

 ラス目だから行かなくちゃいけないって要因もあるんだろうけどね。

 これも運なのかなー。

 

 麻雀は「運」が8割とか、いや7割、9割だろーとか言われるが、いずれにしても運の要素は強く大きい。

 だが、どうすれば運が味方してくれるかは、「わかりませーん」と言っておきます。

 やっぱ、一般的な神仏祈願かなー。人によれば先祖供養とかも言うし・・・・・・・。どんどん話がズレていきますキョロキョロ

 

 楽君、運気は上がっているかい?