久しぶりのブログになります。

今日は猫の事ではありません。

ご了承ください。




7月29日


母が天国へと旅立ちました。享年86歳。


去年の4/15に施設に入所してから

1年3ヶ月、楽しい、優しい時間をそこで過ごさせていただきました。

ありがとうございました。




(母の支えになってくれたぬいぐるみと写真)



貧血で入院した病院から転院を勧められましたが、父の時に不本意な思いを持つ私としては、母の大好きだった施設に帰すのがベストだと思い、母もそれを希望しました。

ターミナルケアとしてお願いする事にしました。

酸素をつけて、嚥下も悪い母に何をしてあげたら良いのか。時折「しんどい」という母に

どうしてあげたら良いのか。

とろみのついたリンゴジュース、スムージー

などをちょっとづつ口に運び「美味しい?」

と聞くと「美味しい」と答えてくれました。


ほぼ寝たきりでしたが、その合間に

今後の事で望む事をしっかり母から聞く事ができました。


その日、夕方5時まで母の手を握っていました。

「お母ちゃん、一旦家帰ってまた来るからね」

猫のご飯、ニッケの点滴、家事などのためでした。

頷いてくれました。


それから3時間後8時22分。

眠ってる間に息を引き取りました。

側にいなかった事が悔やまれますが、

きっと気弱な私への配慮だったのかもしれません。穏やかな顔でした。


その時間は兄も弟も仕事を終えて家にいましたので連絡もすぐ付きました。

これもタイミングを大事にする母故の事でしょう。


通夜葬儀告別式は家族のみでする事。

遺影の写真、流して欲しい音楽。


全て母の希望を叶える事ができました。


ちなみに音楽は「白鳥の湖」


「えらいドラマチックな曲やな。

ほんまにこれで良いの?」

と何度聞いても

「それが良い」

と言いました。


母は白鳥の如く、

綺麗な羽根を揺らしながら

父の待つ空へ飛び立っていくのでしょう…


どんだけ自分美化…キラキラアセアセ


しかし、それが母なのです。


最後まで自分を貫きました。


たくさんの持病がありました。背骨の圧迫骨折。

酸素吸入。膠原病、間質性肺炎、膝の人工骨。

大変だっと思います。

しかし持ち前の気の強さで頑張りました。



すごいでお母ちゃん。


あっぱれ❗️

お母ちゃん。



これからは、

私の中にお母ちゃんの血が流れている、

それを誇りに私の思う精一杯で生きていこうと思います。


母の日記を読んでいます。

施設の方々がどれほど母に優しく接してくださっていたのかがわかります。

母も本当に幸せだった事でしょう。


改めてありがとうございました。

感謝の気持ちでいっぱいです。




私のブログを楽しみにしていたお母ちゃん。

今回のブログは、天国で読んでな。


またお母ちゃんへの想いは

改めて書くな。

まだちょっと…な。

泣けるからな…


お疲れ様でした。

ありがとう。


必ずまた会おう。