*本日連続更新の為、前の話から読んでくださいね。
ことの重大さは全く分かっておらず、すぐに帰ってくるものだと思っていた。
姉と私は入院中の母と交換日記を始めた。
私はこの頃から既に手紙などの部類の文章を書くのが苦手だった。
その日あったことを書けばいいのだろうが、手紙や交換日記にするような「特別なこと」を探すのが苦手なのだ。
なので、何を書いていたのか思い出せない。
唯一覚えているのは教室で飼っていたハムスターのことをほんの数行書いたことだけ。
私たちの書いた日記を父が病院へ持って行き、母が返事を書いて、再び父に渡す。
そんなやり取りを続けていた。
ある日の夕方。
確か雨が降っていた。
まだそこまで遅くない時間なのに夕立の独特のあの暗さ…どんより重い。
まだ授業中だったが、父が迎えに来た。
私と姉は車の後部座席に乗った。
「…お母さんと………
バイバイしなきゃ…………ならないんだ…っ…」
父の声が震えていた。
頑張って泣くのを我慢しながらようやく発した短くて、的確な言葉。
それ以上父は何も話さなかった。
きっと話せなかったんだと思う。
その時の私は理解できてなかった。
泣くわけでもなく。どこか他人事のようで、全くもって実感がわかなかった。
母の入院する病院へ着いた。
いつもの病室ではなく、ナースステーションのすぐ隣。
「これを着ないと入れないんだ」
と割烹着みたいなのを着せられた。
ドアを開けると薄暗い部屋でベッドに横たわる母にはたくさんの管と機械がつけられていた。
一定の間隔で母の体が動いているが、これは付いている機械が動いているんだ。
と父が教えてくれた。
何も言わずただ母の姿を数分見つめて部屋を出た。
大人になった今なら「お母さん嫌だよ!」「死なないで!」「ありがと!」っていっぱい言えたのかもしれない。
泣きながら悲しんで、産んでくれたことを感謝できたのに…幼すぎて何も伝えられなかった。
そして母は30歳の若さで亡くなった。
運動会の前の日だった。
姉が「せっかく練習したんだから運動会には出たい!」と言ったので
私も一緒に参加した。
父と祖母が持ってきてくれたお弁当のいなり寿司。
覚えてるのはそれだけ。
美味しくも楽しくもない…
どんより重い時間。
続く