30歳……私は母と同じ歳になったのだ。
母は歳をとらない。
本人はとりたかっただろうが、叶わなかった。
〔母親と同じ歳になり母と過ごした8年間を思い出してみた。誰かに知ってほしい気がしたのでここに書くことにする。素人の携帯小説だと思って気軽に読んでくれるとありがたい〕
母はとても明るくて、優しくて…
変な替え歌を即興で作るおちゃめな人だった。
私はそんな母にベッタリで、
母がキッチンに立つと必ず足にまとわりついた。
足の甲に乗り、足にしがみ付く。母が歩くときも私をつけたまま移動していた。
今、私の息子がこの状態だか、かなり邪魔だ!
私はいつも「邪魔ー。どけ!」と放り投げるが、母はそんなことはしなかった。
母の器の大きさを思い知らされる。
もう1つ好きだったのが飛行機。
母がゴロゴロしてると寄って行って飛行機をやってもらう。
これまた私の娘が好きで、今はやる側に回っている。
娘が嬉しそうに笑う姿を見る度、母を思い出す。
たった8年間…
幼かったせいもあって覚えているのはほんの少し。
それでも、私は愛されていた。
母親になった今だからこそわかる。
母と過ごした8年を思い出すと心がほっこり暖かくなるのに恋しくなって…泣きたくなる。
明るくて、優しい母は、我慢強い人だったという。
わがまま放題、やりたい放題の父と結婚したのだからそれはそれは強い人だったのだろう。
だから、あの時も母は我慢していたんだと思う。
私が小学2年の夏。
母は体調を崩していたらしい。
熱が続いてとてもだるい状態だったみたいだが私は気づくことはなかった。
我慢強い母はきっとそこらへんの女優さんより演技が上手かったのだろう。
小学4年と2年の姉妹と2歳になったばかりの弟。
夏休みで体力の有り余った子供がどれだけ恐ろしいか…
女の子なんて口から生まれてきたんじゃないかって思うくらい1日中喋り倒すのに、それが×2。
元気な時でも頭が痛くなるくらいなのに、熱でクラクラな母はさぞかし辛かったと思う。
そんなある日家族でプールの大型施設行くことになった。
夏休みの思い出に!と私たちのために計画してくれたのだ。
ウォータースライダーに流れるプール、波のプールまであって
それはそれは楽しかった。
私たちははしゃぎまくっていた。
その日のために母が病院で熱を誤魔化し、無理をしてくれているなんて知りもせずに…。
ーーーーこれが母の出かけた最後になるーーーー
続く