HCUという単語を初めて知った。
ICUと一般病室の中間に位置する高度治療室らしい。緊急手術は無事終了し、父親はそこに寝かされていた。
ICUと一般病室の中間に位置する高度治療室らしい。緊急手術は無事終了し、父親はそこに寝かされていた。
日本の医療システムは素晴らしい。家族がどれだけ無知で無力でも、患者を生かす為、的確で無駄のない最善の処置を分け隔てなく受けられるのだから。
「右脳の広範囲に梗塞が広がっていて、左半身麻痺が残る」
と医師は言った。
即入院となり、書類手続きを済ませその日は帰宅した。HCUは原則面会禁止で、翌日、着替えを運んで以降一週間、見舞いには行かなかった。
病院から父親が一般病室に移ったとの連絡が入り、病室に行き、変わり果てた姿の父親を見て愕然とする。
「右脳の広範囲に梗塞が広がっていて、左半身麻痺が残る」
と医師は言った。
即入院となり、書類手続きを済ませその日は帰宅した。HCUは原則面会禁止で、翌日、着替えを運んで以降一週間、見舞いには行かなかった。
病院から父親が一般病室に移ったとの連絡が入り、病室に行き、変わり果てた姿の父親を見て愕然とする。
彼は生きている。
やせ衰え、頬はこけ、体がひとまわり小さくなったためか、妙に頭部が大きいように感じられた。
やせ衰え、頬はこけ、体がひとまわり小さくなったためか、妙に頭部が大きいように感じられた。
が、生きている。
どういうことかと尋ねると、左半身の麻痺のため、嚥下に不安があるらしい。食道にチューブを通し、食事は流動食の点滴。水分も経口摂取できず、口元は干からびていた。
曰く、飲み込みの検査を経て、徐々に固形の食事にかえていかないと、肺炎の危険性があるらしい。
なるほど肺炎は恐ろしい病気だ。死の危険がある。それを避けるためならば多少ミイラのようになったところで問題はない。ひもじい思いをしても、死ぬよりはマシだろう。
そう思う一方、果たしてこれは生きていると呼べるのだろうか?本当に、死ぬよりもマシな状態なのだろうか?
という疑念が、ここで初めて私に生じた。
もちろん生きている。
どういうことかと尋ねると、左半身の麻痺のため、嚥下に不安があるらしい。食道にチューブを通し、食事は流動食の点滴。水分も経口摂取できず、口元は干からびていた。
曰く、飲み込みの検査を経て、徐々に固形の食事にかえていかないと、肺炎の危険性があるらしい。
なるほど肺炎は恐ろしい病気だ。死の危険がある。それを避けるためならば多少ミイラのようになったところで問題はない。ひもじい思いをしても、死ぬよりはマシだろう。
そう思う一方、果たしてこれは生きていると呼べるのだろうか?本当に、死ぬよりもマシな状態なのだろうか?
という疑念が、ここで初めて私に生じた。
もちろん生きている。
生きるための最善のシステムが絶賛稼働中だ。
客観的にこのやせ衰えた状態を見て、死んでいると判断する者はいないだろう。
ではないのだが、
客観的にこのやせ衰えた状態を見て、死んでいると判断する者はいないだろう。
死んだと看做すには早すぎる。
常識的にはそうだ。
もし私がテレビか何かでこの容態の赤の他人の患者を見たのだとしたら「何言ってんの生きてるよ」と秒でツッコミを入れるだろう。「バカじゃねーの?」と付け加えるかもしれない。
しかし、自分の意思で食べたいものも食べられない、飲みたいものも飲めない、寝返りを打つことも、まったく全て思い通りにできない状態を「生きている」とは思えなかった。
しかし、自分の意思で食べたいものも食べられない、飲みたいものも飲めない、寝返りを打つことも、まったく全て思い通りにできない状態を「生きている」とは思えなかった。
それは彼に「生きる権利」がないというのではなく、彼に「生きた心地」があるのかという疑念だった。
とまれそんなことは彼が決めるべきことであり、私が押し付けるべき思想ではない。
ではないのだが、
この疑念は今後幾度となく私の脳裏に生じることになる。
「血糖値が異常に高い状態。このままでは動脈硬化が進んでまた血栓ができる」
「血糖値が異常に高い状態。このままでは動脈硬化が進んでまた血栓ができる」
だから食事を制限している。
のだろう。
それは理解できる。
生かす為だ。
「でもこのままでは干からびちゃいますよ。何か食べさせてください。お粥でもなんでも」
「嚥下の検査を終えないと、窒息の恐れもある」
「本人が食べたいと言っているのだから、食べさせてください。窒息してもいいですから」
「それはできない」
「じゃあさっさと嚥下の検査を終えてください。今の状態を維持するなら連れて帰ります」
「この状態で退院は無理です。明日、主治医と話し合いの場を設けますからどうか」
「わかりました」
翌日以降、トロミのついた食事が摂れるようになった。
どうやら嚥下の検査を早めてくれたらしい。
病院は限られたスケジュールの中、最善の処置をしてくれているのに、我ながら迷惑な家族だなと感じた。
同時にどうやら自分の中に「生きている状態」について、妙なコダワリのようなものがあることにはじめて気づいた。
「このまま退院するのはやはり勧められない。昔なら、このまま退院して、寝たきりで、看取る、ということもあったが、今は治る可能性がある。血糖値が安定するまで入院し、リハビリ病院に行ったほうがいい。歩けるようになる可能性もある」
知ってる。
それが最善で、その積み重ねが現代の医療システムを確立し、大多数の患者がその恩恵を受けている。
それが一番確率が高いことも、個人的なコダワリを挟み込むべきではないことも知っている。
だが思えば、ステント留置手術の時点で、彼は完治する可能性が高かったのではなかったか?
その確率に則ったまま、既存システムに載せて流して本当に大丈夫なのか?
確率に委ねている時点で、この病を真に克服したとは言えないのではないか?
しかし、このままの状態で家に連れて帰るのが、あり得ない判断だということも知っているのだから悩ましい。
「わかりました。よろしくお願いします」
私は医師の判断に従う。
なんだか違うような気がしていても、それが最善、最良であることも知っているのだから。
従うしかない。
そしてその判断もまた正しいのだ。
その日病室で父親は私を呼び、消え入るような声で言った。
「○○病院に連れて行って」
私は言った。
「ここが○○病院だよ」
本当に。