救急搬送されて一か月、今の病院を退院して、リハビリ病院に行くことになった。

正常な嚥下が確認されて以降の動きは早かった。

目的は「歩く」事。

曰く「自力で歩ければ、トイレに行くことや車椅子からベッドへの移乗が楽になる。介護もやりやすい」らしい。

嚥下の件以降、どうもこの全体を平均した結果この流れが正しい、というシステムに懐疑的になってしまっていた私は、あまり前向きに賛同できなかった。
気分的には「そうかい、それが正しいと言うのならそれでやってみましょうか」といった感じ。

内心冷めていた。

病室での動きを見る限り、彼が再び自立して歩けるようになるとは思えなかったし、彼が歩けるようになることで介護が楽になる理屈がわからなかった。

ぶっちゃけて言うと、

「下手に歩けるより、寝たきりでオムツ替えてやる方が楽そうなんですけど、それじゃあダメなんッスか?」

という気分だった。

どうも「それじゃあダメ」らしい。

一応それとなく「リハビリ病院は行かなくていいのでは?」「寝たきり、車椅子移動でよくね?」と父親、母親、医者に訊ねてみたが、両親は「歩けるなら歩きたい」、医師は「行った方がいい」とのことだった。

じゃあ行けばいい。

リハビリ病院での入院が始まると、案の定嚥下の検査から始まった。流動食のチューブによる摂食、検査まで経口摂取ができない。

はじめからわかっていたプロセスだが、両親とも納得できないようだった。

「前の病院で大丈夫だったんだから、やりなおさなくてもいいじゃん!」

と二人は声を揃えたが、まあ、正直私はやり直すだろうなと思っていた。それも含めての「行かなくていいのでは?」だったのだが、彼らはまったく気づいていなかったらしい、そういうシステムだって事に。

システム通り四日ほど飢えと渇きに苛まれ、嚥下検査も終わり、歩行訓練を始めて1週間、歩行用装具の作製を勧められた。

「歩く」ために必要らしい。

その頃には自力で「歩く」必要性も、「歩けることにより特に介護は楽にならない」ということも、なんとなく確信していた私は、

「別に必要なくね?」

と軽く言ったら全方位から説得された。

「じゃあどうぞ」

了承する。本人が歩きたいと言うのだから、反対する権利は私にはない。そんな必死に説得しなくても、了承はする。納得はしないけど。

そんなふうに、リハビリ病院に対して前向きになれなかった私は、あまり見舞いには行かなかった。

正直気に入らないというのもあったが、むしろ見舞いに行き、現状を知ることで、私の考えが補強されていくことが、精神的に耐えられなかった。

「ほらダメじゃん」「ほら言ったじゃん」て思いたくなかったのだ。

二か月経って両親が根をあげた。

「月のオムツ代が堪らない!」

リハビリ病院での支出の大部分がオムツ代だった。

父親は、

「もう家に帰りたい!」

じゃあ退院しますか。

となったら、リハビリ病院の職員は猛反対。
「歩けるようになってるんです。せめてあと一か月!一度、歩いている姿を見てください」

見てみる。

父親は職員に左脇を支えられ、ヒョコヒョコと歩く。職員が左脇を持ち上げると、浮いた左足が装具の重みで前に出る。着地したら、左足が進んだ分だけ右足を前に出す。その繰り返し。

これは歩いてるんじゃない、歩かされている。

この時の気持ちは表現し難い。「1+1は3ですよ」と言われ続けて「見てみてください、3でしょ?」と問われて「いや、どう見ても2ですよね?」という気分だった。

「で、一か月入院をのばしたら一人で歩けるようになると?」
「いえ、一人では無理です」
「では、どれ程入院すれば、一人で歩けるようになると?」
「一人での歩行は無理です」

ですよね、知ってた。

それから1週間後に退院する。

リハビリ病院職員の対応が塩っぽくなる。もちろんあからさまには何も言わないが、「時間がないから」と説明を拒んだり、退院後、別の病院への外来の予約を取ると言っていたのが「取れなかった」と放棄。いや、そこ塩対応してていいのかな?私は特に何も感じない。けれど、そういう態度は日々の業務に反映される。そういう病院、そういう人になっちゃうからやめた方がいいよ?と思ったが、大きなお世話なので言わないでおく。

最初から期待していない。

結果、リハビリ病院に来て良かったことと言えば、リハビリを理由に介護保険申請がスムーズに行えたことくらい。

本当にこの二か月の入院費は無駄だった。

と今でも確信している。