もし自分が自分一人の力で生きていると思うようなことがあったら考えかたを変える必要があると思う

けっして人間はひとりでいきることはできない

今日食べたごはんも別の人が作って別の人が運んで別の人がそれを店頭に並べてやっと、あなたが料理をしてできたものだ もしかしたら別の人が料理をしてくれた可能性だってある

あなたがきている服もあなたが作ったわけではないしあなたが住んでいる家もあなたが作ったわけではない

つらいときには相談してくれる仲間がいるだろうし、何かを教えてくれる仲間や先輩もいるだろう 

あたたかい家族なんてまさにそれだ

そのことを忘れず、常に周りの人々に感謝できるような人間になりたいと思う

人はときに何かを深刻にとらえすぎになるときがあります

たとえば車の運転でもナーバスになりすぎたりしますよね でも駐車場なんかでひとの車をこすったりしたくらいどーってことないと思います 車はきれいになおります 人身事故だけは絶対に避けなければなりませんが・・・

生きていることに深刻になったのなら少し深呼吸して何絶対してはいけないかを考えたらどうでしょう 逆にいえばそれをしなければあとはどんなことになってもいいんです 

人生はしぬまでのひまつぶしという言葉があります その言葉が正しいとはいいきれませんがその言葉を繰り返すと気持ちが楽になってきます せっかくだから楽しい人生にしようじゃないですか

毎日なんとなくせいかつしているかもしれないけど、結構 死というものは近くに潜んでいると思う

歩道を何気なく歩いていたら車が突っ込んでくるかもしれない

階段から落ちて後頭部を強打してしまうかもしれない

寝ている間にストーブが不完全燃焼をおこしてしまうかもしれない

あるいは車を運転していて人を轢いて死なせてしまうことだってあるだろう

体調が悪くて病院にいったらがんと宣告されるかもしれない

大体の人は死を自覚していない でも死はときに唐突に人に突きつけられれる

今は防犯グッズとか仰々しいものが売ってあるけど、そんな事をしても死の可能性を払しょくできるわけではない 不老不死には人間はなれない

死を愛せとは言わないがある程度受け入れることも必要なのではないだろうか そして死を自覚した生き方というものもあるのではないだろうか

明日しぬとなったらどうだろう 何気ないものが意味を持ってくるのではないか それまであなたを悩ませていた仕事だとか宿題だとかまたは、くだらない、いじめや縦社会の人間関係なんてものは意味を失い、家族や恋人何気ない周りの景色とか普段は意識しないものが意味を持ってくるだろう



生きていることそれだけでも十分すごいことなんだなーと今日授業中考えていました