抜書的読書法(哲学篇20)― モンテーニュ(十三) 哲学的実践としての友情(5) | 内的自己対話-川の畔のささめごと

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モンテーニュとラ・ボエシとの間の友情は、それが実質二年ほどと短かったにもかかわらず、あるいは、それだけにいっそう、きわめて濃密で強固なものだった。ラ・ボエシの死は、モンテーニュにとって、己の分身が失われたということを文字通り意味した。

掛け替えのない友を失ってからは、もう書くことの中でしか友と「再会する」ことができなくなってしまった。以後、書くことがモンテーニュにとって自分を映す鏡となり、かつてラ・ボエシがそうであった「もう一人の自分」という役割を果たすようになる。しかし、その書くことによる自己探究は手探り状態であり、ラ・ボエシその人によって生きられていたモンテーニュの生ける姿のような直接性も持続性もそこにはない。

死期を覚ったラ・ボエシは、モンテーニュに自分の蔵書を譲る。その際、モンテーニュに向かって、「わが兄弟」、と呼びかける。

モンテーニュは、ラ・ボエシの死から完全に立ち直ることはとうとうなかった。自分はもう「半分でしかない」と言う。ただラ・ボエシだけが自分を本当に知っていて、自分の本当の姿を享受していたのだ。その死とともに、ラ・ボエシは、それを永遠に持ち去ってしまったのである。

ジャン・スタロバンスキーが、『モンテーニュは動く』の中で、ラ・ボエシの死がモンテーニュにもたらした決定的な喪失について論じている箇所は、とても感動的である。その一部を以下に引用する。

 

À la place du savoir immédiat que La Boétie possédait sur Montaigne, celui-ci ne peut compter que sur une approche tâtonnante, vouée au souci [...]. Au mieux, le déchiffrement, par étapes successives, en juxtaposant les mots, élaborera un savoir discursif par touches discontinues. Mais Montaigne a vieilli depuis la mort de La Boétie : il ne pourra donc jamais reconstituer l’image emportée, telle qu’elle vivait dans la conscience de l’ami : le portrait du jeune Michel de Montaigne par Étienne de La Boétie est à tout jamais perdu (Jean Starobinski, Montaigne en mouvement, Gallimard, « Folio Essais », 1993, p. 85-86. Souligné dans le texte).