親父は学校の先生で、モダンな考えがあってやったのかどうか。
いまは村に茅葺きの家は1軒もなくなってしまって、ああいうものは残しておけばよかったのにと思うけどね。
茅の下ろしは"結"と呼ばれる村総出の共同作業で行われた。
新しい家ができるまで1年を要したが、その間は隠居屋(離れ)で過ごした。
建築は遅々としたものだったが、このときの体験が進路を決めることになった。
うちの母親の実家というのが上諏訪というところの40人くらいお弟子さんのいた大工の棟梁で、家を建て替えるというので長老みたいな大工さんが来ていたんだけど、そのお爺さんというのはお袋がまだ子供だった頃から知っているひとで、家ができあがるまでずっと隣に住み込んで仕事していたんですよ。
で、親方から見たら、俺なんて孫みたいなものだから、施主の子供だなんて配慮はぜんぜん私はこんな家に育てられてきたかんななくってさ、もうめちゃくちゃこきつかわれるんだよ。
だいたい学校から帰ると、鉄くずの片づけが待っている。
やらないと遊びに行かせてもらえなかった(笑)。