昨日
自分の生きている…存在の意味がないというようなことを
書きました。。。
そして今日たまっていた録画したドラマを見ていて
『アイシテル~海容~』の中で色々と考えさせられるシーンがありました。
内容は詳しくは書きませんが
私が思ったこと…
確かに生きていたカンナも
卵のまま生きることのできなかったみいちゃんも
生まれて来ることはなかったけれど
それには何か理由があるんだろう。
我が子を抱くことができないことは辛いし
苦しいし、ほんとうに真っ暗闇の中で
もがくしかないけれど…
それでも私は我が子の分までこの世で生きていかなきゃならないし
私が生きていくことに意味があり
彼らが生まれてこられなかった意味なのかもしれない。
姿・形さえ見ることもできなかった。
本来なら我が子とも呼べないくらい小さな小さな命だった。
でも
心からアイシテル。
ドラマの中に
「子供を産んで育てる、最高の幸せを与えられたのに
それに気づくことができなかった。。。」という台詞があった。
本当に…
最高の幸せなんだろうな。
当たり前に子供を産み育てられると思っていた。昔は……
でも…
あたりまえじゃなかった。
すごく難しくて
すごく難しくて
すごく難しくて
簡単になんていかない。
だから…
自分も含め
この世に生きている奇跡を
ちゃんと感じていかなければいけないんだと思う。
きっと
どんなに苦しくても
どんなに人生投げ出したくなっても
どんなに死にたくなっても
私は生きていくしかないんだろうな。。。
旦那サマや両親
私をアイシテクレテイル人がいる限り…。
そして、ドラマの中でもうひとつ
「普通の幸せを望んでいただけだった。それなのに…それさえ叶わなかった。
守れなかった」というシーンがあって、
普通の幸せこそ
手に入らないものなのかもしれないなと感じた。
人が羨むような幸せは意外と簡単に手に入る。。。
けど私も
普通の幸せが欲しい。
ささやかでいい。
子育てに翻弄されて悩んだり、辛いこともあるかもしれないけれど
でも
それが本当に最高の幸せなんだと思うから。
叶うのかな。。。
ささやかな幸せ。
私も生きていれば
手にできるのかな。。。
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