最近はどうも暗い感じのコトばかり書いてますが…
天気が悪いせいかな…。
明日は私の勤務先に併設されている
養護学校の運動会です![]()
最近は入院してる子供たちも
運動会の練習でお疲れ気味で
「あっちが痛い」「こっちが痛い~」と言っています。
障害があってもフツーの学校の子たちと何ら変わりません。
今日、高校1年生の女の子と話をしていて…
なんてことないゲームの話をしている時に
ふと彼女はこう言いました。
「私、体が不自由だからこうやってやるしかないの。。。
脳性まひだから仕方ないんだっ」
…と、とても明るく。
改めて
彼女らは生まれつきの障害を
当たり前に受け入れ、
自分のできる範囲で強く生きていることを感じました。
私たち、病気としての障害のない人間は
何でもできることが当たり前で
諦める勇気がない。
だから自分より出来る人を羨んだり
自分より出来ない人を蔑んだり
そういう気持ちが生じてしまう。
もし、今わたしが
赤ちゃんを授かることを諦めることができたら…
妊婦さん、赤ちゃんを抱いている人を羨ましく思うことはないだろう。
もし、今わたしが
授からない自分の体を受け入れることができたら…
そんな自分を嫌いになったり人生に失望することはないだろう。
だからと言って
そう簡単にそんな気持ちをもつことはできない。
この26年
ほとんどのことはできて当たり前だったから。
普通にごはんを食べること
普通に着替えをすること…
そんな日常の1コマと同じように
普通に話をして
普通に走り回って
そんな生活の1部と同じように
同じように
結婚すれば
当たり前に母になれると…
…そう思っているから。
でも実際に、結婚=子供って考える人が多くて
現実にもそうで
だからこの社会で生きていると
周りからは当然のように
それを要求されてしまい
自分で諦めようとか、受け入れようとか
そういう気持ちになってても
心からそうは思えないから
苦しい。。。
今は自分が楽しけりゃいいじゃん!!
なんてそんな気持ちにはなれず
常に子供が授からない自分に負い目を感じ
天国にカンナとみいちゃんを還してしまった自分に負い目を感じ
常に閉鎖された檻の中で
悶々と暗い世の中を見ている感じです。
でもそんな私にほんの少しの光と新しい世界への扉を
開いてくれそうなのが
障害を抱えた子供たち。
私の半分くらいしか生きてないのに
彼らはホントに立派だよ。
人を傷つけたり
人を押しのけて自分が這い上がっていくような
人間よりも…。
自分が出来ないことをちゃんと理解してて
必要な時にはちゃんと人に助けを求めることができて
いろんな障害という個性を尊重することができて
私も彼らを見習って生きていかなければ、とそう感じました。
ちなみに前述の脳性まひの女の子にはその時
「でも、○○ちゃんは自分でできることいっぱいあるでしょ?
それを一生懸命やってるのって立派なことだよ」と話ししましたが
彼女はそんなことは別に褒められるようなことでもなかったんでしょうね。
私自身の物差しで測ると
障害のある子供が
自分で何かをするって大変なことなんだろうなと
思ってしまうけど
彼女らにとっては当たり前。
障害を受け入れ、できないことは諦めて、
…だから人を羨むことはしない。
私もいつかそういう生き方ができるのだろうか…。
明日の運動会
また彼らに1つ勇気をもらえそうな予感![]()
みんながんばれ~(≡^∇^≡)
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