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第3話 「幼馴染の定義を構築する前に、自分自身を振り返れ②」

 茹だるような暑さとは、恐らく、切込みを入れたソーセージが熱湯に入れられたような熱さだと思う。熱のせいで反り返り、足が出来てタコになったり、耳が出来てウサギになったりするような。わたしの一本に縛った髪は、汗で可哀相な尻尾になっている。


 夏は暑い。


 当たり前のこと。


 けれど、年々暑さが増しているような気がする。もう“暑い”じゃなくて“熱い”にしたほうが良い。わたしは日焼け止めを塗っているからまだいいが、自転車で前を走る真の腕は、この夏休みだけで、フライパンの上で踊るソーセージのようにこんがりだ。


「バイクの免許取ったら?」
「そしたら漏れなく、お前も取ることになるぞ」
「原付なら路上教習ないみたいだから、平気じゃない?」


 わたしたちは恐らく、自動車の免許取得は出来ないだろうと思う。もしかしたら、この特異な身体は原付さえも無理かもしれない。


「―――校則で、禁止されてる」


 その、素っ気無くも、真っ当な答え。


 それには気遣いも含まれている。普段は何を考えているか全くわからないけれど、こういう変な優しさだけに気付くのは、産まれて十七年、一緒にいるからだろうか。


「そうだね、禁止されてたら、取れないよね」


 それは結論を先送りにしているだけかもしれないけれど、一縷の望みを確実に残している。


 ―――――卒業までに、どうにかならないかな、この身体は。


 自転車を駐輪場に止めて店内に入る。真は迷うことなく二階のレンタルへと向かったが、わたしはその背中を追わなかった。わたしはそのまま一階へと留まり、CD売り場の奥、中古ゲームコーナーを目指した。夏休みもお盆を過ぎ、暇を潰すゲームがなくなってしまった。


 昨年末に発売されたファイナルファンタジーシリーズはまだ高い。というよりも、全体的にソフトが高い。今の機種で一世代前のソフトがプレイ出来たのならば、こんなに喜ばしいことはないのに。


 しばらくPS3ソフトの前をうろうろしていたけれど、汗を掻いた身体に冷気は少々厳しいらしく、鳥肌が立っている。外に出れば例の暑さが待っていることはわかっていたけれど、諦めることにした。


 自動ドアの向こう側、一歩出た時は、温水に浸かっているようで、冷えた身体には快適だと思った。けれども、温水も焼き石に蒔けば熱湯になり蒸発する。しばらくするとサウナにでも入ったように、また再び汗を掻き始める。わたしは喉に渇きを覚え、自動販売機に120円を入れた。


「おっ、桃園護じゃん」


 缶を拾い上げながら、後ろを振り返る。


 太陽の所為で顔を顰めないと誰だかわからないところだが、高身長のわりに、やや高めの声は確実に特徴と言える。


「ねえ、なんでいつもフルネーム?」


 彼は部活帰りのようで、上がトレシャツだった。


「ってことは、真もいるんだろ?」
「あのねー、柏木くん…」


 わたしの質問には答えようとはせず、あくまでも柏木くんはマイペースだ。呆れるわたしをよそに、彼の後ろで身を潜めている小柄な背中は肩を竦めて笑っている。


「どうにかしてくれる? きみの彼氏」


 紫(ゆかり)は顔の前で、「無理無理」と手を振っている。笑いを堪えているためか、声が出ないらしい。


 わたしは頭をもたげながら、嘆息する。視界に二人のスニーカーが見えた。メーカーは違うものだったけれど、同じ柄の靴紐をしていた。


「相変わらず仲の良いことで」


 少女漫画のような幼馴染を地でゆく二人だ。今日読み捨てた雑誌のように、あーだこーだで、このままゴールインしてしまうに違いない。


 そうこうしているうちに真が姿を現すと、ヤツは一直線に自動販売機へと向かった。わたしの隣の機械から買ったソレは、プラスチックの持ち手が剣の握り手のようになっている110円のアイスだった。それをわたしに手渡した。


「何これ?」
「え? 何って、今日付き合ってくれたお礼」


 わたしが茹でソーセージになってまでついてきてやったというのに、コレですか?


「せめてハーゲンダッツにしやがれ、コノヤロー!!」


 と振り返った瞬間、真は涼しい顔をして柏木くんと話をしていた。振り上げたこぶしは、宙を彷徨い、それを紫が哀れんだ様子でおさめてくれた。


わたしは「同情なんか、いらないやい」と泣きマネをする。


「護ちゃん、可哀想に」


 いつも柏木くんと繋いでいる手は、今だけはわたしの頭部にある。出来た彼女じゃないか。それに比べ、真は「ん?」とそ知らぬ顔である。


「酒下さん、コイツに付き合わなくて良いから」


 むっとして顔を上げる。真は獣を追い払うように手を振って、更にわたしの機嫌を悪くさせる。


 わたしはプルタブを開けて、一気に炭酸を喉の奥へ流し込む。思った以上に炭酸が辛くて、むせそうになった。


 飲み干し空になったソレを、ゴミ箱に投げ捨てる。


「わたし、もう帰るから」


 暑さの所為で駐輪場に向かう足取りは重かったけれど、水分補給をしたためか身体は軽い。


「護ちゃん、一人で帰れるの? 事故ってもしらねーよ」
「真こそ、灼熱のアスファルトの上で、のたれ死ぬと良いーよ」


 わたしの立腹加減にやっと気付いたのか「それは洒落にならねーわ」と真は大声で苦笑する。


 




第2話 「幼馴染の定義を構築する前に、自分自身を振り返れ①」

 世の中には幼馴染というものがたくさん存在していると思う。たとえば、近所に住んでいるというそれだけの理由で、一緒に遊んでいたというケース。それが同性同士、というより圧倒的に異性であることが多いと思うのはわたしの気のせいだろうか。


 幼い幼馴染同士は異性という概念はない。けれども、ある程度大きくなってくれば相手が自分とは違う性別である、と否応なしにも気付く。その瞬間、


「女と遊ぶのはかっこ悪ィ」


 と男の子はなる。女の子は「うん」とうなずくけど、内心は傷ついていたりする。男ってこういった時から、独特のプライドってもんを持ちはじめ、相手のことなんて考えないで、押し付ける。浅はかだね。


 そんな二人が思春期を迎えると、別の角度で意識し始めたりする。それがある種カッコ良かったり、可愛かったりすると、尚更だ。まぁ、小さい頃からずっと異性として意識しているってパターンも少女漫画にはつきものだけれど。それで、あーだ、こーだーといろいろあって、ゴールインしちゃいました、のような。


 って、現実の世界でそんなことが頻繁にあるか!?となったら、はっきり言って“ない”と思う。少なくとも、わたしにはそんなドラマチックなことは起こっていない。こういう漫画のようなものでなくても、「小さい頃はよく遊んでいた」という普通の幼馴染という関係に、わたしは憧れを、幼い頃より抱いている。


 わたしは、顔に乗せた読みかけの漫画雑誌を床へ落とす。スプリングが軋んだ。寝返りを打たなくても音を立てるパイプベットは、隣の部屋からも聞えてくる。隣の住人のスピーカーから流れる音楽も、それを消す音も。もちろん、壁が薄いというのも理由のひとつではある。


 嘆息をひとつ零している間に、ドアがノックされる。わたしはそれに応じる。


「護(まもり)、暇だろ? TUTAYA行かないか?」
「そうやっていつも、暇だって決めつけないでくれる?」


 事実退屈していたわけだけれども、反抗期を迎えているらしいわたしは、彼に対して素直になれない。


 わたしは猫のような伸びをしてから、緩慢な動きでベッドから降りる。勝手知ったるなんたらで、彼は遠慮なくそのドアを開けた。


「うわっ、またそんな格好して」


 心底嫌な顔をされるのは心外である。


「暑いんだからしょーがないし」


 文句を言うんだったら、この部屋に冷房がないことを恨んでくれよ。


「さっさと着替えろ。そんな格好じゃ、一緒に歩けねーよ、貧乳」


 貧乳は余計だ、ばかやろう。けれども、胸あたりの肉を寄せて上げても、頑張って二つ目のカップ数。思わず自分の谷間を覗き込むが、ないに等しい出来損ないがそこに存在しているだけだ。


「どんなに見ても、変わらないだろーが」
「人が、気にしてることを!! もう、真(しん)なんて知らない。勝手に一人で行けば?」
「それが出来ないから頼んでんじゃねーか。頭悪ィな、お前」
「頼むならさ、もっと頼み方っていうもんがあるんじゃないの?」
「じゃあ、護はどう頼まれるのが良いんだ? 三つ指つけてお願いしますって? お前もそれやってねーのに、出来るわけないだろ。それともなにか? 色気のないタンクトップ姿に欲情しない俺へのあてつけだったりするのか?」


 人は怒りの頂点に達すると、涙が滲むものだということに、最近気付いた。わたしは咄嗟に枕を真の顔に叩きつける。


「ばか、死ね!!」


 もう枕だけでは気がすまない。読みかけの漫画雑誌も、本棚にあった貰い物のブサネコのぬいぐるみも、投げつける。


「真なんて一生眠ってろ!! 起きてくるなッ!!」

「お前こそ怪我して死ねッ!!」


 わたしの幼馴染は、止むに止まれぬ事情で一つ屋根の下で暮らしていて、わたしが女だという、異性としての意識の欠片も存在しない。兄弟のように育った、という意識ももちろんない。自分たちはお互いにお互いが“異質なもの”として認識しあっている。


 これが「小さい頃はよく遊んでいた」という普通の幼馴染に憧れるゆえんだ。


「もう、悪かったって、護」


 真はわたしの両手首を掴んで、攻撃の手を止めさせる。痛がっているかと思いきや、何故かその顔は笑っている。「サイテー」と思わず呟く。


「だってお前さ、なにをするったって一生懸命だからさー」


 酷いと睨むと、「お前もいい加減気付け」と諭される。その笑みが、自分より余裕があるようで、無性に腹が立つ。


「行くの、行かねえの?」


 アイスくらい奢ってやるとの一言に、意図せずともわたしの瞳は好機を映す。けれども、それでは真の思う壺のようで、気に食わなかった。


――――けれどもわたしは、ジーンズを手にしていた。






第1話「人智を超えた存在は予想外に馬鹿だったりする」



 まず、異例中の異例のことかもしれないが、主人公のことを紹介しておこうか。最近ではこういう物語の冒頭も少なくなっているだろう。少し断っておくならば、「わたし○○14歳」というような、ケイタイ小説のような紹介の仕方はしない。もちろんケイタイ小説を否定しているわけではないよ? 好きで取り寄せるくらいだからね。ただ、この「オレ(さま)」の、今の気分にそぐわないってだけで。


 では本題に戻るよ。


 彼女、桃園護(ももぞのまもり)は産まれた時から特異な存在だったんだ。まず、彼女の髪の色がその苗字のように桃色だったからだ。ほんの一瞬、彼女の父親の脳裏を過ぎったのは「この子の父親は自分でないのかも知れない」ってことだった。まぁ、当然だよね。二人とも髪の毛の色は黒だったんだから。けれど、この地球上のことを考えてみると、金髪・銀髪・黒や白はいても、桃色なんて聞いたことがない。その上産まれたばかりの子供の顔は可哀想なことに美人な母親に似ず、どう見ても自分にそっくりだった。


 どうやら突然変異らしい。


 そういう結果でこの時は終わったんだ。


 そしてもう一人の主人公、灰原真(はいばらしん)もまた特異だった。彼は彼女と同じ産院、同じ日、同じ時間、それも凄いことなんだけれど、秒単位まで一緒に産まれたんだ。だから保育器も隣同士だったし、どんな因果なのか母親も隣同士のベッド。双子よりも双子らしい誕生の仕方だよね。


 彼にとって唯一幸いだったのは、彼女と違って彼の髪の色が真っ黒だったってこと。「将来髪のことで苛められることはないわ」と彼の母親は心の底で思ったんだ。


 けれど、けれどね、産院を退院してからが大変だったんだよ。


 退院してからまもなく、まず、ご飯に苦しんだ。まだ赤ん坊だからミルクだね。それを一切受け付けなかったんだ。その上ずっと寝たまま、一度も目を開けなくてぐったりしていたんだ。慌てて彼の両親は産院へ駆け込んだ。けれど原因は不明、子供病院に緊急搬送されることになり、「産院にいた頃は普通の赤ちゃんと同じだったのに」と両親は嘆いた。


 と、その時、産後の経過が悪くてまだ入院していた母親の元に、桃園護とその父親が見舞いにやってきたんだ。母親より早く護は退院していたんだね。


 そしたらどうしたことだろう。灰原真は瞑っていた目を開け、そしてお腹が空いたと泣き出したんだ。


 けれども、桃園護がその産院からいなくなると、またぐったりと、そして目を瞑ったまま動かなくなってしまったんだよ。


 それで今度こそ子供病院へ搬送され、精密検査を受けることになったんだけど―――やっぱり原因がわからなかった。灰原真は鼻からチューブでミルクを与えられ、生きながらえているという状態だった。


 それからしばらく経った頃、そんな真の話を聞きつけた護の母親が彼女と一緒にお見舞いに来たんだ。護はその時もう、ハイハイが出来るようになっていたから、いろんなものに興味深々で。その上行動力があるようで、箪笥の角に頭をぶつけ出血したり、安全マークがついている玩具でも、どう遊べばそうなるのか、おでこにたんこぶが出来たり、頬に傷が出来たり。そして、とにかくよく転ぶ。そんな毎日だったから、身体中がアザだらけだったんだ。「うちの子は脳か何かに障害があるのかも」ということでこの病院に通っていたんだね。

 まだ真の抵抗力がなかったから、直接会うことはなかったけれど、ガラス越しに護は彼と対面した。その時、真が八ヶ月振りに目を開けたんだ。そしてまたミルクをせがむように泣いた。真の母親はその時涙が溢れて止まらなかったみたいだね。


 けれど、というか、護が帰ってしまうと真はまた元の状態に戻ってしまった。


 どんな馬鹿な両親でも、二回もあれば「もしや」と思うだろう。まだ半信半疑の状態だったけれど、真の両親は「また護ちゃんを連れて来てください」と彼女の両親に頼むことにしたんだ。


 その結果―――感の良いキミならわかるね。そう、真は護が傍にくると途端瞳を開け、泣いたんだ。それだけではない。護もまた、彼の傍にいる時だけ一斉転ばなくなり、その上歩き出してしまったんだ! 満1歳の赤ちゃんでも歩けない子がいるんだから、どれだけ突飛なことか、キミに理解できるかい?


 それでハタ、と思った護の母親は、数回「護を真から遠ざける→近づけてみる」ということを繰り返すことにしたんだ。


 もう母親は焦ったね、真からほぼ十メートル離れると、途端にいつものように転び、そして玩具で怪我をする護に戻ってしまうんだから。それも100%の確立で。


 それで二組の親の緊急会議が始まったんだ。


 そしてひとつの奇妙な計画が立てられた。


 けれど―――それはまた別の機会に教えるよ。今ね、扉の向こうが煩いの。


 キ、キミ、そんな非難の目で、オレ(さま)を見ないでくれる?


 オレ(さま)は羨まれることはあっても、蔑まされることは一斉ないから、そういうの慣れてないんだ。


 じゃあ、そんなキミにひとつだけヒントをあげよう。


 オレ(さま)はね、この二人をそういう存在にしてしまう、きっかけを作ってしまった人物だってこと。人智を超えてるね。って、これはしゃべりすぎちゃったかな。


 あっ、わっ、どうしよう。扉の向こうで叫び声が聞こえるんだけど。しかも悪意に満ちた。殺されそうな予感もするね。


 なんか、閻魔大王が激怒してるみたい。オレ(さま)なんか悪いことしたかな。う~ん、思い出す節がいっぱいあるから、かえって思い出せないわ。