空豆(広瀬すず)は故郷・実家の祖母と電話で話していた時の行き掛かりで、響子(夏木マリ)の一人息子の雪平爽介(川上洋平)とまさかの結婚話の展開になる。

しかし、それは彼がニューヨークに残して来た女の電話攻撃をかわすために「だしに使われた」だけのことだった。

・・・・・・能天気な位の「無垢」を、「自堕落」が踏みにじった?・・・いや、そうでもない。

・・・・・・ふたりして行った水族館の海月に時間を忘れる位に楽しかったから

・・・・・・帳消しにならない帳消しにした

 

・・・・・・この「どんくさい」程の「無垢」が都会の流儀というには埒もない「自堕落」を受け止めるとういうよりも・・・・・「無垢」が「自堕落」と握手しているような感じでああり、それは悪くないと思う。

 

音(永瀬廉)は、カフェ勤めの菅野セイラ(田辺桃子)から電話番号を書いた紙を渡され、成り行きでこれまた水族館の海月を見に行く・・・・・・楽しい時間だった・・・・・・しかし、予想外のことが起こる

・・・「お金貸してくれませんか?」・・・こちらは超が付くほどの「自堕落」である。

・・・その理由というのもとってつけたようなちぐはぐなのだ

・・・それでも、音は友達がいないという事情だけは理解はする・・・・・・電話してもいい?の希望を音は受け入れる

 

・・・・・・この放っておけない感のまぁ、しょうがないかな?的な「無垢」が「自堕落」とコミットした感じも

悪くないと思う。

 

・・・・・・勿論これはそーいう話なんだよ、と前提である

・・・・・・ここで処世術としてはどうなんだろう?と論じても意味はないのである。

 

双方のやり取りを見ていると、ひととひととが出会っている誰かと会って話すことの時間のかけがえのなさが屹立しているので、あるいは相手の「自堕落」を許容していることで、このおめでたくも思える「無垢」も清々しくも思えてくるのである。

 

その清々しさがアクションではっきりと浮き彫りにされるのが、大家の響子のお手玉遊びの団欒である。音は作曲が出来る才能の「器用さ」を持つが、お手玉は巧く出来ない。それに対して、空豆は歩きながら曲芸のようにお手玉をやってのける。特技がわたしにはないと自分を詰る彼女には、潜在的なポテンシャルあることを、何かをそのうちに打ち込むものを見つけてそこに万進することを、急激に走る彼女の性格があることも言葉にも表れており、「無垢」には推進力も備わっていることもわかる。

 

「無垢」なる推進ダッシュ・・・「自堕落」をも仲間にして?

・・・・・・都会ならではの「自堕落」も更に盛られて、そのようにこれから沢山の登場人物が出て来そうであるが・・・・・・空豆と音の清々しい牽引力は都会に沈殿した塵芥までも香ばしくすることになるのだろうか?