このドラマは、「原石」感の肌触りを感じる。
・・・・・・そんな気がするのは私だけであろうか?
まず、空豆(広瀬すず)の佇まいが「原石」であり、都会へ違和感をこれ程露わにするアクションが空転しながらも、「原石」が転がるかのように思えば、何やら納得は行かなくもない。・・・・・・果ては、ダイヤか石ころか・・・・・・転がり具合には対して変わりはないでは?・・・・・・空転も逆転も回転の運動性には変わりはないのだ。
また勿論、のファッションへの眼力と筆記する能力も「原石」である。
それが才能なのか?何なのか?・・・・・・エネルギーは迸る
・・・・・・先行型?・・・・・・いや、閃光型かも?
更に、音(永瀬廉)との掛け合いも、水の掛け合いの子供尽くし、だ
これは、恋愛未満だが、これもまた「原石」である。
大きな出来事と出来事の「節目」というかその狭間の緩い時間?
このドラマはそこに置いている。
そこにこそ、「原石」がゆらゆら揺れているように私には思えるのである。
