自宅謹慎中の刑事、鹿浜(林遣都)
・・・向かいに住む男・自称小説家・森園(安田顕)に監禁される
・・・彼の家に?・・・いや、違う・・・鹿浜の家の内側のみえない内側の部屋だ・・・牢獄
・・・弱った老婦人(山口果林)を助けた過去の顛末・・・貰い受けたこの家
・・・老婦人の内側がこの囚われの部屋だったとは?・・・枯草のように枯れた老婦人
・・・嘗ては、復讐の鬼女だった、とは?・・・彼女にありきたりの日常で愛されるとは?
・・・こっち側に来ないでそっち側でクダをまいてなよ、と・・・大人の知恵?
・・・森園は何かを強引にこじ開けようとしている・・・だからこそ、鹿浜をその部屋に閉じ込めた、のだ・・・ハードボイルド映画の主人公の暴走に近い・・・彼の正体は?
・・・署長雪松(伊藤英明)・・・彼も警察総務課職員・馬淵悠日(仲野太賀)の兄の死の真相に向けて・・・抑えながらの暴走に走る。
・・・皆、何か・・・復讐?・・・報われぬ・・・抑えられぬ・・・わだかまり・・・感情・・・身体的な暴走に変える?・・・そう、するしかない・・・閉じ込める・・・こじ開ける・・・人生はその繰り返し、だ・・・籠ったり、拳を汚したり・・・そう、するしかない・・・そう、ひと皆・・・自身を飼いならす檻に閉じながら・・・別の檻の物音に過敏になる・・・そこに走りたい、のでは?
自宅謹慎の刑事、鹿浜(林遣都)。彼は閉所に追い込まれた。追い込まれること?・・・そう、そこで真に自身の内側の更なる内側の奥まった部屋の鍵を開ける。少年時代って何てあんなに惨めなんだろう?思い出したくもないことを思い出すこと。それと向かい合うこと。最低だったけど、友達は居た。本棚の本。図書館に行けば本達が私に話しかけてくれたような気がしたこと。そう、それはそれで最高だった。幸せだった。ひとりぼっちすぎてその幸せが嘘みたいでわからなかっただけだ。・・・思い出した。・・・そう、なのだ・・・最高のことはぼんやりとした最悪なことでわかることになる・・・だからこそ、最悪は持続力がある、のだ・・・そして、その最悪は更なる最悪で惨めだったことが・・・とても幸せだったことを・・・いつも後で知ることになる。
・・・例えてみよう・・・思い切り身体に悪い食べ物を食べたときに・・・まぁ、そこそこ美味しかったよと嘯きながらも・・・実は、途方もなく美味しく・・・人生の記憶に残る一食だったと思ったりすることがわかるのと似ている・・・さらに言えば・・・旧くなった魚にあたって生命を落とした男が・・・どうせなら、棚に残したもう一切れ食べたかったな、と悔いる心理に場合によっては辿り着くのも可能ではないだろうか?・・・心理?・・・このドラマでは心理的な描写は身体的表現に置き換えられている・・・最悪なことの応酬、何が最悪であるかわからないことの連鎖・・・もう、何事にも無自覚で過敏な自身を恨みたくなること?・・・泣くしかない・・・笑うしかない・・・泣き笑いのピエロは人間以外の何者でもない、のだ。
カメラ越しに他者を犯罪予備軍と思い込み、"into"(夢中)にファインダーを覗いてた毎日。皮肉だな。この屋敷自体が暴走した鬼女の溜息の残り息の空気だったんだから。しかもその元鬼女に食卓の団欒で癒されていたなんて?・・・泣くしかない・・・indoorは終わり、だ。
「ぐちゃぐちゃ」で「ごちゃごちゃ」になること・・・毎度おなじみも疑似捜査の4人組・・・カラオケ場面は、「ぐちゃぐちゃ」で「ごちゃごちゃ」の極み、だ・・・でも、妙に浄化されてるいるようにみえた・・・それは、感情の混沌が、心理的な描写ではなく、身体的表現で暴走を膨張させているからである。・・・鹿浜は遂に仕事に復帰する・・・内側から外側へと境界線を越える。
“town called malice”(悪意という街)・・・The jamのヒット曲だ。
・・・この街の悪意という悪意を味方にして、自身の中に潜むもうひとりのわたしが悪魔か善人かも疑いながら、騙されないように前に進むべき、だ。・・・・・今はそういう時では?・・・厳然たる謎を仄めかすその大きな影に・・・日陰のスマイル達は挑みだした・・・閉じた時間で体得したこと・・・”grateful challenge”、だ。
