去年の今日はこれを書いていたのか・・・・・

・・・・・・身体の間借り人が、“Land lord(大家)”に書きなぐるメッセージ?・・・かくして、『あのときキスしておけば』は、これまでの入れ替わりドラマとは一線を画す、間借り人→大家→間借り人の電報配達?のドラマとして稀な描写が突出することになった・・・・「愛」って何?・・・わからくなることもある・・・まぁ、かたちがわからなくなるまでこねて、こねればよいのでは?・・・そういう手もある・・・それだけでは終わらない・・・こねたそれを、千切っては投げ、千切っては投げ、が更なるアクションとして繋げなければならない、のだ・

 

女流漫画家・巴が、田中マサオの「着ぐるみ」を着られる時間・・・もう、少ない・・・僅かな時間への「借用書」?・・・「置手紙」?・・・マジックで彼の身体にメッセージを書きつける・・・「死ぬな!奥さんとデートしろ!家族を大切にしろ!」・・・愛という愛が、持ち出され・・・千切っては投げ、千切っては投げ、だ・・・前回のこの場面はとても素晴らしいと思った。

 

例えば、深作欣二の映画にみられる、壁に張り出され、床にまでたなびくような白い紙と、そこに書きなぐったかのようにもみえる筆圧。『おもちゃ』や『バトルロワイアル』等では、そこに書かれているメッセージは、限りなく𠮟咤激励の内容なのだが、その筆圧と連呼される文言に応援どころか、何か呪文のようにみえてしまうことがある。或いは、相米慎二の『風花』で、小泉今日子のホステスが浅野忠信のギブスに書く連絡先。それは、ただの絆の意味を越えて、情念のようなもので書きつけられているかのようにみえて、心を動かされることがある。

 

このドラマでは?・・・身体の間借り人が、“Land lord(大家)”に書きなぐるメッセージ?・・・かくして、『あのときキスしておけば』は、これまでの入れ替わりドラマとは一線を画す、間借り人→大家→間借り人の電報配達?のドラマとして稀な描写が突出することになった・・・・「愛」って何?・・・わからくなることもある・・・まぁ、かたちがわからなくなるまでこねて、こねればよいのでは?・・・そういう手もある・・・それだけでは終わらない・・・こねたそれを、千切っては投げ、千切っては投げ、が更なるアクションとして繋げなければならない、のだ・・・こねり、千切り・・・粉モノ料理である。先日、私は神田の評判の立ち食いそばを食べて、あまりにもその旨さに、このソバちゃんと「蕎麦がき」を彷彿させる歯ごたえと味がする!とわけのわからないような感動に襲われた、のだ。原型をとどめないくらいこねたものを千切ること?・・・一粒で何粒も美味しいことがある。

 

『あのときキスしておけば』は、脚本家・大石静の愛につての大全集である。作品愛・・・読者愛・・・ぬいぐるみ愛・・・同士愛・・・夫婦愛・・・親子愛・・・家庭愛。愛の定義に、正しいか?正しくないか?は勿論ない。肯定?も否定?もない。巴(麻生久美子)が田中マサオ(井浦新)の肉体を借りた意味?それは、かたちなき愛を捻出するためのこねくり回しと千切り投げの大技だったと私は思う。そこに応えるべく、麗しい?結婚式を開いた。・・・見え見えの巴のふり?・・・桃地(松坂桃李)もすぐに気づく・・・でも、嬉しい・・・奇跡が起きた?・・・巴が、天界から一時降臨・・・否・・・それは、奇跡ではない・・・巴のジェラシー、だ・・・私の「縫いぐるみ」を私の元「着ぐるみ」に渡すもんか!・・・「・・・ぐるみ」対決・・・巴のジェラシーの勝ち。

 

憑依は禁止とのこと・・・天界の掟・・・ジェラシーがそれを忘れさせた?

・・・「禁」とは破るためにあるもの?・・・大石静の描く「いけない愛」はコクが益々出て来たようである。