例えば、ビリーワイルダーの『アパートの鍵貸します』では、年末の慌ただしさと冬の流感シーズンの最中に、ジャックレモンが出世の為に上司の不倫を助ける為に、自身のアパートの部屋を貸して、風邪を引くというのは、主人公の事情とそれを取り巻く環境が入り組つたことによるストーリーである。・・・起こりうること、或いは起こって当然であることの必然性が誰もが納得するかたちで、そこにあるからに他ならない。・・・偶然のようで、全くの必然に相違ない、のだ。
寒いシーズン・・・温もりが恋しい季節・・・でも、コロナ・・・行くべきか?行かざるべきか?・・・それが、問題、だ。『檸檬』こと青林(松下洸平)と『草餅』こと美々(波瑠)の恋路は、地球上の天文学的数字のひとつにすぎないのであるが、ここにこれまた、日本古来?の「いちゃこら」が纏わりつくわけで、やはりこのドラマは新しいトラジショナルなのだな、と私は思う。
一晩をふたりは共にしたものの、濃厚接触云々と青林の純愛気取りは、美々の心の琴線に触れた・・・すごくいい!
枷を意識しながらの「いちゃこら」は恋の永遠の未完成のようなものである・・・COVID-19ならではのストレス、ではあるが。
このCOVID-19ストレスから派生したわけでは必ずしもないのであるが、ストレスエピソードやら新たなストレスやらが美々を迎える。
まぁ、結婚間近女性ありがちな、結婚に向けての準備という「新しい生活」ストレスである。COVID-19の「新しい日常」に加えて結婚準備ストレスが、美々に重くのしかかる。まずは、青林には、「ユキちゃん」なる幼馴染があり、その懇親ぶりを語られるや、嫉妬がじわじわ彼女に滲みだす。しかも、やがて分かることであるが、その「ユキちゃん」なる女性は、新聞配達やら地域の見守り隊やらで奮闘するメンタルもフィジカルも強そうな典型的なガンバリズムの人物であり、しかも体重が80KGあることがわかる。文字通り、美々のあたまにその体重が乗り、そのみたこもない存在がプレッシャーになる。ふと考えたのは、青林が眠れない夜に故郷を懐かしんで羊代わりに数える、「岩手山」の大きさと「ユキちゃん」の大きさが青林にとって、等価では?というのも美々を不安定にさせる理由ではないだろうか?また、美々は、医学生時代から、人体解剖をみて気持ちが弱ったりして円形ハゲになったこともあり、衝撃に弱いことも今回で私たちは知る。そもそも「ユキちゃん」と「人体解剖」の衝撃には大きな違いがあるのであるが、何故か同じストレスの大きさであることにわたしたちが納得して、そこを乗り切って進めるには、「美々先生の円形ハゲ」の件が、ありうることであることを踏まえた前提で、飛躍的に大きな衝撃であるからに他ならない。気持ちを取り直す一環で彼女が毎度みるインド衣食住のYouTube?に気を落ち着かせたりするものの、今度は青林の父が岩手県から上京することになり、今度は盛岡弁習得アプリに励みだすアワアワ状態である。ところが、実際上京して来たのは、青林の叔母であり、盛岡弁を話さぬ英語教師であり、ベトナム語やヒンズー語やスペイン語まで堪能であり、美々の言語での擦り寄りの予想関数は大外れに外れる。さらにまた、偽装カップル💑とまで深く疑われ、彼女が「・・・高級なフランス料理」とかつて自分が自身を定義したことを見透かされるように言われ、林檎🍎の絵が描いた普段着シャツにわざわざ着替えてみたりしてアワアワ状態は全身運動でさらにアワアワになる。最大のピンチは、叔母さんが「ユキちゃん」の素晴らしさを誉め、「・・・あなたにお似合いよ」と青林に言ったこと・・・美々の顔が曇る.。
「・・・彼女はフランス料理ではない」・・・青林は言った・・・それが僕が決めること・・・lineでただのひととひとの人間らしい出会いだったこと・・・あれっ、lineって3次元だったんだ・・・ここで青林観点で価値の逆転までやってのける。
この青林の話を聞いているだけの美々の表情が本当に素晴らしい。波瑠は、今、聞いているだけの表情の変化を表現することにおいては卓抜した力を持った女優だと思う。・・・徐々にアワアワ状態から抜け出して、彼の言葉ひとつひとつに心を動かされるここでの表情はトラジショナルな新しさに相違ないと私は思う。
でも、ドラマはこのまま終わらなかった・・・美々のあたまに出来た「円形ハゲ」・・・帽子でカモフラージュ・・・そのカモフラージュを五文字(間宮祥太朗)が迎える・・・「・・・そのマスク貰ったら先生に近づいちゃいますよ、大丈夫かって」・・・上手いな、と思う・・・上手いのは、彼女が大丈夫でないことを見透かすこと・・・そしてこのドラマが、COVID-19を近づけて遠ざけて、またそれを嚙みしめながらそこに近づくこと
・・・偶然と必然が「いちゃこら」ではなくみえないところで握り合う何か
・・・このドラマはそこに行こうとしてるのでは?・・・かつての邦画には、小品ながらのこのような佳作が沢山あった・・・その伝統が生きており、海外の切ない映画も思わせるものもある・・・このドラマは、そこがいい。
