"IVORY TOWER"(象牙の塔)・・・望美(柴咲コウ)はそこに籠った。

究極の引き籠りであり、人を信じず、夢も塵芥へ、孤立こそ、美しさの極みとばからり、高い塔に居る。

・・・25年間眠っていたあいだに惰眠を貪つたかのようなひとたちを見下すため?・・・「欲」・「金」・「自己愛」・・・それだけの世界。

 

『世界を売った男』はデビットボウイの名盤であるが、何かこのお伽話には、『モモ』とも異なるニヒリズム的な君臨を思う。世界中の、いや地球上の錆びという錆びを彼女は浴びたかのようであり、命を削りながら、世界配信でひとびとを愚弄の扇動に巻き込み、その惰眠の時間を「欲」・「金」・「自己愛」だけに投資に煽る・・・その有効化?・・・危険、だ・・・いま・ここの脱力感だけの世界・・・それをさらに見下す・・・望美の「反時代的」なフラワームーブメントのような思想を侮蔑したひとびとへの報復である・・・「反時代性」転じて「時代性」・・・正反対に何か変わるとき?・・・それはほんとに危険、だ。・・・インフルエンサー・・・危険思想、だ。

 

「社会」・「夫婦」・「親子」辛うじて一枚に纏まっていたかのようにみえたキャベツの葉はバラバラになった・・・これに「教育」が入ればピンクフロイドの『ウォール』だ・・・世界崩壊?・・・天罰?・・・望美は眠らない・・・世界に自身も売ったから・・・世界時間を引き受けること・・・眠らない・・・いや、本当は眠れないのでは?・・・回廊に亡霊が走る・・・それは過去の自分・・・纏わりつく・・・帰ってくれ・・・夢は獏だって食べやしない・・・錆びの味の夢・・・美味いはずがない

 

・・・街頭で躓いた彼女・・・足早に歩く群集・・・彼女はその群集を彼女の夜に閉じ込めた、のだ。

 

今一人の「反時代」の孤立した達観の女性が居る。母・多恵(鈴木保奈美)、だ。"IVORY TOWER"(象牙の塔)を訪ねる。母・多恵もまた、錆を纏いながら、老醜を無化するような形相で娘をみていた。いま、この場所でも。この娘にしてこの母。娘への総ての責めを母は背負いながら、睦みあう幼い日もあったが、今は渾身の力を込めて娘の首を絞め、塔から突き落とそうとする。愛憎・・・いまやこの言葉も死語か?・・・錆まみれでは?

 

何より、この「愛憎」には、愛が憎しみよりも先立つ。・・・愛あればこその憎しみ?母・多恵の命を削るアクションには、命が削られてる娘・望美を護るためのものであるからである。

遊川和彦は、「愛憎」のような、物語と描写をきつく紐で結わくような言葉を置き去りにされた錆びまみれの砂山からその腕で強く引き揚げながら、砂と錆びを叩くように払いながら、わたしたちに、「みろ、これこそ、愛憎だ、よくみておけ」、と叱咤しているのではないだろうか?私にはそう思えたのた。・・・「反時代」に追いやられかねる、例えば、「愛憎」・・・それをあるべき場所に置くこと。シアトリカルな誇張した扮装に演技を載せること。・・・愛に派生する、姿を変える何か?・・・異様風体を含めて・・・全部、愛だ。