《お見合い結婚体験談》
【あらすじ】
かれこれ35年前のお話です。当時の結婚適齢期が男28歳、女25歳位の頃です。大柄な男性が来社しました。
面談の参考のためにアンケートに応えてもらいましたら、年齢は38才です。現在でしたら、晩婚には違いありませんが、特に結婚が遅いという印象はありません。
しかし、当時は、この年齢を超えると婚活をしても効果がなくなってしまう時代でした。案の定、開口一番、「結婚したくないと思っています」という。
無言の「どうして?」という私の視線を感じて、男性は、「兄夫婦の関係をみていて、結婚なんて面白くなさそうだと思っています」
「なるほどお兄さん夫婦を見てそう思うのですね」
「そうです。友人も新婚の頃はいいけど、新婚生活が落ち着いてくると浮かぬ顔です。“価値観が違うように思う”などと言い始めます。でも子供がいるので離婚できない、といいます」
「価値観が違う、とおっしゃったのですね」
「はい。それと僕自身、なにか結婚がめんどくさくなって…」
「面倒だと…」
「はい…」
《相談者》
【高山義人(たかやま よしと=仮名)38歳・次男・東京大学卒・初婚・会社員・川口市在住・初婚・175cm 75kg・父69歳・大卒・母66歳・大卒・兄40歳・大卒・既婚】
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《お見合いを成功させるのに必要なことは?》
「入会はたぶんできないと思いますが、お話だけお聞かせいただくことはできますか?」
ということで、高山義人さんはある日曜日来社した。私はこの種の相談も相談のうち、と思っているので歓迎している。
アンケートによると最終学歴は東大で、大手金融会社に勤めているという。当時は、文系大学生の「入社したい会社」ナンバーワンであった。
「東大、一流企業社員、結婚するにあたって、なんの不足もなさそうですが…モテるんじゃないですか?」私はいってみた。
「いやあ、他の東京六大学と上智とか青学を卒業した男性の方がモテますよ」彼は言下に言った。
「東大はまぶしすぎますか…?」
私はそういったが、というより、恋愛では女性から敬遠されるのかもしれない。
「お見合いのお話はありますでしょう」と私。
「20代の頃は、方々からありましたね…、でも30歳を過ぎてからはあまりなくなりました。僕がお見合いの話を断わったりしましたから…」
「お見合いは何度かなさった…」
「ええ、5回しました」
「え、5回も…」
「だいたいは、自分の家柄とは格の違いを感じる上流階級のお嬢さんとか、大学OBの娘さんを紹介されました」
「で、お見合いは結果的にどのように不成功でしたか、後学のために…」
「おおむねあちらから断わられました」
「あら、どうして」
「4件は、お相手紹介者の話ですと、おしなべて“こちらにご関心がないようですから”という理由でした、僕の方に原因があるようです。一人の気の強い人は“私の顔をみてお話しくださいませんか?”といった女性もいましたよ」
と彼は私を少し正視して言った。そういえば、この高山義人さん、玄関先で一度目を合わせただけで、これまでしゃべっている間あまり私の眼を見ていないのに気が付いた。
「そういえば、あなたあまり目を見ないでお話しされますね」
「そうなんです、上司から言われました」
私は、結婚相談所の仲人の仕事で、同じような人を何人も見てきている。人の目を見ないということは相手が自分に感心がないとみるし、お見合いならなおさら結婚する気がないと思われてしまう。これだと何度お見合いしても成功しない。
《上司の紹介お見合い断り出世コース外れる》
「そんなこんなで、今はどちらからも、お見合いや縁談の話はありません…」と彼は言い、
「でも僕はもう結婚はしなくてもいいと思っています。一生独身でいいと思っています。ただ、両親が承知しないんですよ」
「それはそうですとも。あなたは東大を卒業なさって、一流企業に入社されて働いている、これ以上望むべくもありませんよ。でも親御様は普通に結婚して欲しいと思うのですよ」
「ただ僕は今、全てにおいて自信がないんですよ」
「…」
「一流企業の社員といいますが、日本企業の出世のメカニズムは上司の評価が基本です。業績アップと上司のヒキを得られるのが大事なんです。僕は、お見合いすることによってその両方とも失ってしまったんです」
「どういう意味でしょうか?ちょっとわかりにくいのですが」
「上司からの紹介による、お見合いをことごとく失敗して、上司との関係を紡ぐことができず、今は職場も窓際です」
「…」
「コールセンターに転勤させられまして、今やパート社員のおばさんに教えを乞う身分です」
高山さんは、自分ではなくて、誰か他人のことを言っているように話した。
「日本の一流企業社員は厳しいのですね、何でもかんでも業績次第ですからね」
当時の日本は、驚異の高度経済成長をとげたあと、バブル期の崩壊へと向かってはいたが、まだまだその余韻があって、企業戦士は健在であった。
「要するに左遷ですよ。上司に嫌われているわけですから…」
「お見合い結婚できなかったから、ですか?」
「大企業では、派閥争いが過酷な状況で、上司にとっては社内政治を生き抜くためには、派閥的な人脈を築いていくことが必須条件なんです。“上司の望む思惑に収まる”という期待に添えなかったんです僕は」
「そうなんですか…」としか言えない。学閥のヒキとはよく聞くけれど、これほど生々しく響いたことはなかった。
しかし、考えてみると、目の前の「結婚したくない男性」高山さんは何をしに結婚相談所へきたのか。結婚願望があるから訪ねてきたのではないか。
《結婚する意味とは?結婚で得るものは何か》
私は話題を変えて話を切り出した。
「先ほど、お兄様夫婦の結婚が面白くなさそうだ、とか、ご友人が夫婦の価値観が合わないとおっしゃったとのことですが、それで結婚なんてしないほうがいいと判断なさっているのですか」
「まあそれも結婚したくない判断の材料ですね」
「基本的に、それは高山さん、あなたがそれらの結婚の当事者ではない、と考えるべきだと思います」
「まあそれはそうです」
「第一“面白くなさそうだ”“価値観が違う”と言いながら結婚を続けておられるわけですよね。面白くない時はあるかもしれませんが、子供の成長など面白いところも、たくさんあるでしょうし、価値観など違った環境で育った男女が、即座にまったくぴったり価値観が合うカップルになれるかどうか疑問です。男女はまず躰の違いが著しいし、それに伴って気持ちも微妙に違います」
とまで言って、私は自分の結婚を考えた。大学を出て3年で今の夫と出会い、結婚して二人の似たようなDNAをもった子供に恵まれ、いろいろあったけれど15年間(当時)たった。
結婚した当時は、夫の突飛な(私からすれば)考え方に驚き、しかしそれは発見なのだと自分に言い聞かせたものだ。
それは夫にも言えることで、よく彼から“このことでそんなリアクションするとは、君はやっぱり芸術家だね”などと、「ほめられたのか」、「けなされたのか」わからないコメントをもらったことを思い出す。
それは種の保存という前に、結婚という男女の結びつきの基本には“性の違う人”を敬う、あるいは尊重するという大前提があるのだと思う。
こんなことを高山さんに、かいつまんでしゃべった。
「なるほど、まるで哲学的なお話ですね。そうなんだと思います。私の両親を見ていてもいま先生がおっしゃったことが当たっているように思います。他の人たちと比べて、いや比べるというと先生の今の持論に反しますが、いい夫婦関係だし、いい結婚生活をしているなあと思います」
彼は私のことを先生と言った。そして話を続けた。
「僕は先生のお話をお聞きして、自分が卑屈に思えてきました。人から自分の気持ちを知られまいとする、たぶん目を見ないでしゃべるのもその現れですし、人一倍自分を隠したいと思っているんですね。なんで自分がこんな心理状況になってしまったのか。悲しいかぎりです」
《この人を説得できないと思った時は荒療治》
「高山さん、あなたはどこにご自分を卑下する要素がおありだと思うのですか。世間からみれば超エリート街道を闊歩しておられて、大多数の人が欲しいと思われることを今のところ手に入れておられるのですよ。もっと堂々と胸を張ってよろしいのでは…」
「東大へ入学してみたら、同級生が僕以上に優秀で、人柄もよくて、家庭が裕福で、僕なんかよりも一回りも二回りも上だと思わされました。それでも、僕はこれまでどんな試験にも合格して、自分のことを並み以上だとは思っていました。でもきょう、図らずも先生から決定的に知らされたのは、学業だけではない社会の一員として必要な第一条件みたいなものを教わりました。ありがとうございました」
とたいへん敬虔(けいけん)な面持ちで言った。
「私はこの仕事を15年ほどやってきて、“普通”がいちばん大切なことを学んでいるつもりです」
「普通、ですか?」
「そう普通です。病気しても、家庭が崩壊しても、社会が急激に変化しても普通とは言えないでしょ」
「先生はどうも僕と年齢的にそう違わないと思いますが、なぜそんなゆとりをもって考えられるのですか?」
「そうね、高山さんより少し上ですね」じっさいはその時40歳であった。
「ですから結婚相談を長年やっていますと、いろいろな人とお会いしますから、不遜ながら婚活する人たちの今後の幸せを考えますと、おのずから普通でないと相談に乗れません」
「つまり常にニュートラルにしておくということですか」
単純にそうとばかりに限らない。
「でもね、ふだんはそうでも、時に恥も外聞もなく、自分の持っているエゴイズムを会員さんに押し付けてしまうこともあります。それは教養とは正反対の、無教養の価値観を語るようなものですね。そこまでしなければ“この人を説得できない・幸せにできない”と思った時は、荒療治的な方法でやることもあります」
思わずそんな言い方になってしまった。でも、われながら言い得ていると思った。それを彼は目を輝かせて聴いていた。
そして、「僕にその荒療治を見せてください!」と言った。
その後、“結婚したくない”という彼の心境が変わり、うちの結婚相談所に入会した。
《まとめ|支社長として普通の人生を歩む》
30代後半の「結婚したくない」高山義人さんは、結局うちの結婚相談所に入会してお見合いを開始した。が、私のいうことを半分以上無視した。
まず、お見合い場所は、男性は女性が入会する相談所の仲人の指示に従うと当時は決まっていて、どんなに遠くても男性が出向くことになっていた。
しかも女性側の仲人(カウンセラー)さんがお見合いに少しの時間立ち会うとなっていた。
そのうえで、「お見合いが終ったら、その返事を翌日の午前中までに担当の仲人に連絡のこと」となっていたが、彼はまず守らない。
守らないと困るのは、先方がすぐに色よい返事をしてくれても、こちらが返事をしないでいると“返事がないならお断わりします”となりかねない。
つまり返事がないのはよくない返事とばかりに終止符をうたれてしまう。
そうこうしているうちに、うちに上智大学卒の可愛い系女子の特徴がある帰国子女が入会してきた。木ノ内里奈さん(仮名)といった。
父親の外国勤務で高校までオーストラリアに住んでいた女性である。日本語のきめ細かいところまでは少し届かないが、無類に明るいし、背も高い。
二人に話すとお互いに会いたいと言ってきたので、二人をうちの相談所でお見合いさせた。
高山さんは、はじめのうちはやはり癖で目を見ていなかったが、木ノ内さんの微妙な言葉の言い回しを、彼は英語でフォローを始めた。彼女は感動した。
交際に入ってからは、彼女は、遠慮がちな彼を持ち前の明るさでリードした。交際中の二人のコミュニケーション不足は、彼女がちくいち仲人の私に報告することで解消した。
そしてお互いの家を訪問し合って家族とも会い、結納、挙式へとすすんだ。
結婚後、しばらくして、彼は私に葉書をよこした。何と東北地方のある支店の支社長として栄転になり、子供もできて人生幸せに(そこは“普通に”)やっていますということであった。
(この項了)
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■ 仲人カウンセラーからの一言
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