コイケマサヤのオフィシャルブログ -36ページ目
この二本の映画に対する批判的意見を要約すると「自己責任」、「この様な環境でもマトモに生きている人は大勢いる」って所では無いでしょうか。

確かにその通りですプンプンただゼロからじゃなく、スタート地点がマイナスの人はいるし、決して這い上がれない負のスパイラルは確実に存在します❗️

この二本の映画はその事に対して「彼等を追い込んだ社会こそ罪悪である」などとは決して主張していません(そのメッセージが内包されているとしていても)。

いわゆるゲタを履いて彼等を断罪したり、無責任に擁護したりせず、ニュートラルかつリアリスティックに「ある家族の風景」が描かれています。

二本とも今年、ベスト級の傑作であり、通底するテーマは同じです。そして問いと答えは映画の外に存在し、その答えを探す事に人生の意味があり、社会の意味があります。

と言いつつ、その答えは一生出ないでしょうねガーンって偉そう&小っ恥ずかしい事を言ってしまいましたチュー

しかし。どんな立場の人だって、大なり小なりハード・ノック・ライフ❗️人生から突然、渡された酸っぱいレモンを、少しでも甘いレモネードに出来る様に頑張って行きまっしょい✌️という事で!

映画の話に戻すと、繰り返しになりますが、同じテーマを描いたこの二作。ただアプローチが全く違います。

ざっくりと言えば、子供からの視点と大人からの視点って事に尽きると思います。

フロリダ・プロジェクト〜真夏の魔法〜

公営住宅(プロジェクト)ってセーフティ・ネットからも爪弾きにされて、安モーテルで、その日暮らしで生きているシングル・マザーと幼い娘の物語。

オープニングでクール&ザ・ギャングのセレブレーションがかかります♫倒置法や皮肉を込める意図での選曲かも知れないのですが、個人的にはストレートな意味で受け取りました❗️つまり6歳の子供は自分の家庭環境や貧困を意識しないし、毎日、楽しいし、新しい発見があるから爆笑→当然、例外もありますが。彼等の環境を顧みる大人(観客)の視線で見ると(聴くと)意地悪な選曲ですが、当事者の子供の視線で考えれば楽しい夏休みのBGMでは無いでしょうか?

映画自体は散文的なエピソードの積み重ねで進みますし、演じているのはほぼ素人の役者さん。この手の構成は中弛みする危険を孕んでいますが、上手く回避しています。その功労者はオスカーにもノミネートされたウィリアム・デフォーでしょうね。彼等を見守る優しい管理人(顔と裏腹に)を演じています。次は撮影。フィルム撮影もキレイだし→ケバケバしい安モーテルの歪な美しさ。アイス屋さんに向かうシーンの横移動などビックリするカットが入りますびっくりでもって一見、ぶっきらぼうですが、物語にちゃんと伏線が張られ、展開がある事❗️

子役が健気に一生懸命に生きる女の子じゃなくて、マジでクソガキな所も良いですね爆笑それでいて、大人が思うより大人を見てるって所もリアル。

お母さんも夜遊びや大麻が好きな子供で、6歳の子供と一緒になってトラップ(今、人気のラップのジャンル)でノリノリみたいな爆笑→ちなみに売人の家や作業場、製造所をトラップ・ハウスと言ったりします。マトモな仕事にはつかない(つけない)で、安易に体を売ったり、サギまがいで生計を立てる。そしてネグレクトなら話は単純なんですが、誰よりも娘を愛している。

彼等の日常を悲壮感たっぷりに描かず、淡々にリアルに、ユーモラスに描きますが、観客は彼等を取り巻く現実を知っています(彼等自身も分かっていますが、見て見ぬ振り思考停止しないと生きられない)。だからラスト直前も「いよいよ来る時が来たか」としか思わないショボーン

で賛否が分かれそうなラストなんですが、当然、ラストには触れませんが…。現実主義から非現実への飛躍って意図は分かるんですが(ここだけ撮影方法が違います)、個人的にはここまでのリアリティ・ラインを崩された印象と、ドラマを描く事を放棄し、雰囲気に逃げたなって印象を受け、非ですかね。コレはコレで良いラストなんですがキョロキョロオープニングのセレブレーションがラストシーンでは、オーケストラ演奏なのは良かったです♫

あまりに長文になったので、万引き家族は次回❗️ではまた🖐万引き家族も長文になりそうなのでガーン

追記、真夏の魔法ってサブタイトルは意味不明だし、ヒドイですね。