ご覧頂きましてありがとうございます。

 

【このブログの方針・考え方について】

 

ブログの内容は、私、個人のガンになってからの考え方やライフスタイルを発信しています。

 

私の病気の事が含まれる為、センシティブ(繊細な)内容となります。特に病気については、1人1人皆、置かれている状況・生活環境・病気の種類や段階、症状、ライフスタイルや考え方まで様々で、それでれ違いがあり、その違いを尊重すべきと考えておりますので、誰かに私、個人の考え方やライフスタイルを押しつける事はございません。また、押しつけられることもございません。その為、議論はいっさい致しません。

 

このブログの内容が、誰かの役に立ったり、ちっとしたヒントや気づき、前に進むきっかけになれば幸いです。

 

 

 

 

 

誰しも自分が大きな病気になるとは、

思っていないのではないでしょうか?

私もそうでした。

 

そこで気になるのが、もし病気になった時、

どうやって気づくか、もし大きな病気だった場合

いかに早く気づき、的確な診断を受けるかが大事になってくると考えています。

 

そこで、私の実際に体験した事実を

感じたことや思ったことを交え書きます。

(自分への記録も兼ねて)

どのように病気の確定診断に至ったのか、ご覧下さい。

 

 

確定診断に至った流れ・経緯

【2021年5月】
夜寝る時間になると咳きこみ、咳をすると肋骨に痛みが走り、
思いっきり咳が出来ない。とても寝付けない。
これが1~2週間くらい続いたき、以後はこの症状出ず。
(この症状は、後になってからそう言えばと思い出すくらい、
あまり気にも止めていなかった。風邪の初期症状で、
思いっきり咳ができないから、長引いてるのかな?そんな感じでした)
 
妻:咳が長く続くなら病院で見てもらったらと的確な助言してくれていたが、
私:気にも止めず、ありがたく聞き流す。
※パートナーのなにげない的確な助言は
自分の考えより的をえていることが、時にはあると実感
このぽっそっと言った助言を見逃してはならない!
 
 
 

【2021年8月】

足を滑らせで、転倒し左脇腹を強打する。

普段、足を滑らすことなどないのに、

このときは、雨で足元が悪いのもあり、

思いっきり滑って脇腹に物がピンポイントでクリーンヒット!

痛すぎてしばらくうずくまる。

5日ぐらいは激しい痛みあり、その後痛みは減るが続いている。

 

※後に考えて見ると、この出来事があるかないかで、

病気発見の時期は違っていたと不思議な感じがした。

 

 

 

【2021年8月31日】

左脇腹の打身による痛みが1ヵ月くらいと長引いている為、

整形外科を受診

診察・胸部レントゲン

結果:打撲と診断。

診察医コメント:打撲でしょう。湿布出しときます。

それと、骨折して治ったあともありますね~。

え?骨折してますじゃなくて、治ったあとがあります??

今まで私は骨折したことが無かったので、おかしいな?と思った。

 

 

 

【2021年10月12日】

首に3年前くらいからシコリがあり、

ここ1年で大きくなってきたので

(5mmくらい)

皮膚科を受診

切除手術を受ける。

切除したシコリ目視で確認

白い油のかたまりの様だった。

検査に回し、シコリは悪い物では無かったと確認が取れた。

(この症状は、骨髄腫と関係があるかは今だ不明?)

 

 

 

【2021年11月17日】

8月に強打した左脇腹の痛みが引かず(3ヶ月間位)

骨では無く、内蔵の痛みかな?と考えて

近所にある内科クリニック(呼吸器の看板も上げている)を受診

 

診察で左脇腹の痛みが引かないので見てほしいと伝え

これまでの経緯や整形でも見てもらった事なども話しをする。

一度CT検査してみます?・・・

え?CT?その~費用はどのくらいですか?→ 5,000円位です。

ん~~お願いします。→CT検査実施

 

(画像は2021/11/22にB医療センターで撮ったCT画像です)

 

診察の結果:CTで撮った胸部(肋骨)画像を見ながら担当医の見解

※画像は左右反転して見えるそうです。

 

医師:右ですよね 

私:いえ、左が痛いんです!(この人何言ってんのかな~)

医師:左はなんともないです。

私:は?

医師:肋骨の画像を見ながら左はほら。打撲の痛みがつずいているのでしょう。

私:そうですか・・・

医師:問題は右のここです!右の肋骨に腫瘍のような物がある。

(画像の緑丸の箇所)

私:あ~~はい。

医師:一度、大きな病院で見てもらった方がいい。

A病院・B医療センターどちらにしますか?

私:・・・(心の声で「えーーマジかーーー!」)

そうですか~~。では、B医療センターでお願いします。

(理由:ABどちらも近所・A病院は建替え中でバタバタしてそうだからBを選択)

紹介状を書いてもらう。

 

※偶然受診したクリニックにCTがあったので、検査で思わぬ異常が見つかった。

体の症状で気になっていることがあれり、詳しく知りたいのであれば、

設備の整ったところで検査をしてみるのも、一つの方法と感じた。

 

※何気ない受診検査で突然大きめの異常や異常疑いが発見されると、

一気に様々な選択を、考える時間も無く選択をせまられるので、注意と覚悟が必要

 

 

 

【2021年11月22日】

B医療センターへ紹介状を持参して受診

整形外科 診察→MRI→CT→レントゲン

検査後、データ画像を見ながら整形外科医のコメント

見た結果、肋骨、背骨、骨盤など、いろんな所に、腫瘍のようなものが見えるので、

精密に確認検査が必要です。

血液腫瘍内科へまわされる。

 

血液腫瘍内科 診察、ここで詳しく問診あり

検査:採血5種類+マルク検査を実施

近隣のC大学付属病院へPET-CT検査予約

 

※まず同じ施設内に整形外科と血液腫瘍内科があった事が良かった。

※ココの検査で、骨の腫瘍が一つではなく、いろんな所にあることがわかる。

 

 

【2021年11月25日】

C大学付属病院にてPET-CT検査 実施

 

 

 

【2021年11月26日】

血液腫瘍内科 診察

担当医:PET-CT検査のデータを見て、骨以外の内臓には腫瘍は無いのではないか

現在、画像診断のエキスパートのデータまちです。詳細はそれからになる。

合わせて、肋骨の一部を採取して検査したい為、胸部エコー検査実施

エコーで採取する骨の位置を確認した模様

後日、肋骨一部採取の手術予定

 

すぐには診断にいたらず。検査データの詳細精査と追加の検査が入る

複数個の検査を総合して判断する様子。

 

 

 

【2021年12月8日~11日】

B医療センターへ検査入院4日間(個室)

胸部外科担当医による右第四肋骨切除手術 実施

(全身麻酔)

無事手術終了

一定時間後、病室で目覚める(覚醒)

手術後のため、体を全く動かせず、

朝になるまでが非常につらい思いをした。

(尿道カテーテルが入っている状態)

 

術後、手術室の外で待っていた妻

採取した骨を確認作業で見せられた様だが、

よく覚えていないとの事。

気が動転していたのかな・・・わかる気がする。

 

後日、私の目で確認したかったので、

写真か実物を私に見せてほしかったと思った。

 

術後の経過は良好

退院前日 血液内科担当医のコメント(病室にて)

採取した骨を調べたところ血液の病気の可能性が高い

次回治療の為、入院の予定を決めましょう

その際に診断が出せる予定

 

退院

 

※確定診断が出ていない状態で治療の入院予定を組んで行くので、

注意が必要。状況により、確定診断が出てからでも良いのではないか。

 

 

 

 

【2021年12月15日】

確定診断入院開始日

妻同行にて挑む

血液腫瘍内科 担当医コメント

今までの検査の結果

 

病名:多発性骨髄腫 余命:○年~○年です。

 

診断が確定しました。

 

担当医が病名と余命を言った瞬間、衝撃波のようなショックを受けたのを覚えています。

でも、一瞬のできごとであり、その後は冷静に用意していた質問事項で

気になる事をしっかり聞くとこができました。

そして今後の治療予定の打ち合わせを行えました。

 

 

入院計画書:病名が記載される

 

 

※事前に、この日に確定診断が出せるだろうと聞き手いたので、

心の準備と妻の勤務調整、担当医への事前に質問事項を用意できました。

事前に準備した質問項目

・診断理由 ・病名 ・今現在の体の状態

・考えられる病気の原因 ・遺伝するのか

・治療方法

 

予想外だったことは、余命宣告されたことです。

病名が聞ける事は予想していましたが、まさか余命宣告されるとは予想していなかったのです。

ここで、大きな病気の確定診断の時は、同時に余命の宣告をするのかとわかりました。

コレには注意や準備・担当医との打ち合わせが必要の場合もあると感じました。

確定診断より余命宣告の方がショックが大きい場合があるからです。

 

 

 

【まとめ】

 

確定診断までに要した期間

 

・なんとなく体の変化を感じてからは約7ヵ月

 

・医療機関に受診してからは約3ヶ月半

 

確定診断までのポイント

 

・体のちょっとした変化・体のサインを見逃さない。

 

・パートナーの助言は自分にとって良いアドバイスのことがあるので聞き流さない。

 

・思い込みによる慢心はいけない。

 

・詳しく調べたい場合は、設備の整っている医療機関で検査する。

 

・大病の疑いが強なると、急にいろいろな決断をせまられる。

 

・確定診断と余命宣告はセットで行われることがあるので、注意が必要

 

 

確定診断に至った流れ・経緯は以上です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブログへ訪問して頂きありがとうございます。

 

まずは、自己紹介をさせて頂きます。

 

私は、45歳 男性・妻と子供二人(高1・小5)の4人家族

 

職歴:配達ドライバー/医療系営業/庭師/主夫(現在)

 

趣味:スポーツ全般の観戦をしたり、庭いじりや

小さい家庭菜園なども楽しんでいます。

中でも、一番の趣味?は妻も含め子供と遊ぶことです。

旅行に行ったり、キャンプや釣り、

家庭菜園など一緒になって楽しんでます。

また、新型コロナウイルスの影響で外出が難しい時なんかは、

家で録画した金曜ロードショーを見たり、ボードゲームなど

何かと家族で楽しく過ごす事が趣味の様なところもあります。

 

 

40年以上生きてきて色んな事がありながらも

わりと普通に楽しく暮らしていたそんなある日、

44歳の時に血液のガン(多発性骨髄腫)になりました。

 

2021年12月 確定診断と余命宣告を聞いた時は、衝撃を受けました。

 

「まさか自分が・・・」

 

よく聞くセリフの様ですが、まさにそう感じました。

 

同席していた、妻は、泣き出し、感情があふれ出た感じでした。

 

私は、担当医の診断と宣告の言葉に衝撃は受けましたが、

自分自身、いたって冷静で心は落ち着いている状態でした。

同時に、こんな二つの事を直感しました。

・おばかな自分がそんな難しい病気になるはずがない。

・これから忙しくなるぞ。

 

そして、すぐに治療を開始し、仕事は退職するなどの

忙しい日々と劇的な環境の変化が訪れることとなりました。

 

 

あれから1年と数ヶ月が過ぎ、現在は、治療はせず、様子を見ている状況です。

 

今、落ち着いてブログを書く時間と心の余裕が出来ました。

実際に自分がガンになって感じたことや実践したこと、

何気ない日常などもしかしたら、誰かの参考になるかも知れないと感じ、

ブログというツールを通して発信することにしました。

(アメーバブログは初心者です、なにかとご了承ください)

 

 

私は、将来的な目標を立てて一つずつ実行しています。

現段階の最終目標は、75歳まで良い状態で過ごし、

孫を「高い高~い」すること!

 

 

このような感じで、無理なくマイペースで記事を更新していきます。

 

どうぞ宜しくお願いします。