子どもの頃の“夢”覚えていますか?! | まいにち♪こそだて日和

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5月21日の「イントラ試験の結果は・・・?!」のつづき



5月21日の実地試験の結果は・・・

「インストラクター昇格」を頂くことができました クラッカー


・・・とはいっても、今後JMRで開催される講習会でインストラクターとして何度も経験を積まないといけないんだけどね。ひとりだちするまでには、これからも更に努力が必要です 。


でも、とにかく、『Pet Heart Saver's研究会』としても大きな一歩ということなので、とっても喜ばしいことでした。この日の講義やデモンストレーションした姿は、ビデオ撮りしていたので、帰宅後におそるおそるチェックしてみました・・・。課題はまだまだ山積みですが、自分を客観的に見ることは本当に大切だなぁと実感・・・。


そして、20代前半の頃を思い出しました。


・・・というのも、その頃の私は小学校の教員になろうと思っていて、大学で教職につく為の勉強をしていました。大学2年~3年の時は、学校の推薦で町田市にある某専門学校で体育の補助教員をアルバイトという形でしていました。知的障害を持つ生徒達が半分以上を占める、洋裁関係の女子専門学校でした。補助といっても、誰かの補助ではなかったので、授業計画作りから成績つけまで全て任される立場だったので、生徒さんたち(16歳~18歳)にとっては、ひとりの「先生」として見られる訳です。はじめは、「え~っ、補助ってそういう意味なの~!?」と驚きましたが、とてもとても貴重な経験として、今でもその当時の様々な思い出が心に残っています。



大学4年の教育実習は、公立の小学校で、“キラキラピッカピッカのキラキラ1年生!”の担当でした。こくご・さんすう・せいかつか・どうとく・たいいく等・・・。ベテランの指導教員のもとで、毎日何コマか授業を任せられるのですが、毎回事前に準備する「指導計画書」作りに、睡眠時間は平均2~3時間という日々。それでも、実際の授業で出てくる子ども達の反応には予想のつかないものもあり、毎回が真剣勝負の世界でした。



その後、教職の道には進まず、社会人の道に進みましたが、十数年経った今、また、同じ「指導者」の訓練をしていることに不思議な縁を感じています。


これまで私は「1つの道を究め続ける」という仕事のスタイルをとってこなかったけれど、その時々で“真剣勝負”“一生懸命”だったということにおいては、自信を持って「自分の決めた事を極めてきた」と言えます。まっ、「そういう生き方しか出来なかった」ってことかもしれないけれどね・・・。


そうそう、数年前に小学校の卒業アルバムを開いてみたことがありました。

「将来の夢」という欄に、私はなんと書いていたと思いますか?!


~ 将来の夢 ペットショップの店員さんしっぽフリフリ・学校の先生本


「動物の命の大切さを、家族の一員として真剣に考えて欲しい・・・」という願いを込めて取り組み始めた、インストラクターという新しい道・・・。

子どもの頃に思い描いた”夢”は、大人になった今も、そう変わりはないみたい・・・。そう思ったら、なんだか1本のまっすぐで大きな道を歩いているような、ちょっと幸せな気分になりましたドキドキ