赤羽台団地の自治会については、初期の立ち上がりから調べておられます。

初期の自治会のメンバーとヌーヴエル赤羽台の新しい居住者たちがうまくつながっているのかをまず伺いたいですね。

赤羽台団地の牛乳センターをやることで、収入を得ながら、コミュニティをつくろうとした時代と今日では、社会全体の状況がすごく変わっています。

かつては、団地というのは、居住者間のコミュニティのない場所だと言われてきましたが、実際に入ってみると、入居の翌年には自治会が立ち上げられています。

赤羽台団地には意識が高い人が集まった、ということもあるんだけれども、大きな背景としては、そこに大勢の人間が住み始めたけれども、必要な都市機能がなかったからです。

そういう「不平不満のネットワーク」としてコミュニティができるわけです。