私が好きな漫画家の一人に「東海林さだお」さんがいます。学生時代、「新漫画文学全集」を読んで以来ずっとですから、(読者として)長いつきあいになります。「新漫画文学全集」は、世界の名作のパロディです。例えば、「欲望という名の列車」・「ハムレット」・「太陽の季節」といった小説を題名にして、題名に(無理に)合わせた漫画を描いています。彼が綴るエッセイも好きで、彼の本は漫画・エッセイを合わせて約100冊あります(学生時代・独身時代の本は処分してしまったので、読んだ本はもっとあります)。

東海林さだお:1937年生れ。1974年6月16日から2014年12月31日にかけて毎日新聞朝刊に13,749回連載した4コマ漫画『アサッテ君』で、一般全国紙の連載漫画の最多掲載記録を作った。他の漫画・エッセイの連載においても、ほとんどが40年超のロングランとなっている(「Wikipedia」より)。

   漫画では、これ以外に「ショージ君」・「サラリーマン専科」・「タンマ君」・「リーチ君」などを描いています。「タンマ君」は今でも「週刊文春」に連載中です。漫画は、大抵、東京の中小企業のヒラ社員(ホワイトカラー)が主人公。どこにでもいるような社員が、欲望・嫉妬・羨望・失望から起こす日常が描かれています。想定していた結果とは逆の失敗に終わるのが常で、「馬鹿だなあ!」と笑いますが、「私と、その周りにも起きるような出来事」に、身につまされる思いがします。サラリーマンの経験がない著者に、会社の実態がよく摑めるなあと感心します。

 

  エッセイでは、今でも「週刊朝日」に「あれも食いたい、これも食いたい」、「オール読物」に「男の分別学」を連載中です。旅行記などもありますが、日常の些細な出来事を題材にしたものが多いです。「こんなものでも題材になるのか?」と感心します。彼の観察眼と豊富な知識・雑学に驚かされます。最近の本では、「ガン入院オロオロ日記」(2017年3月10日発行。文藝春秋社)、「オッパイ入門」(2018年1月10日発行。文藝春秋社)があります。どちらも、相変わらずのユーモアと漫画が満載です。著者が78~79歳に書いたエッセイなので、(若い頃とは違って)50歳以降の人にお勧めです。「オッパイ入門」の「俳句入門・目刺し篇」から文章を一部抜粋しました。

 

思春期において、若人はどういう食べ物を求めるか。

濃厚を求める。

トンカツ、ステーキ、焼き肉、ミックスフライ定食、ギトギトラーメン。

老年期の老人は何を求めるか。

湯豆腐、茶わん蒸し、蕎麦、素麺、お茶漬け。

濃厚から淡泊へ。

食べ物に限らず、あらゆる趣向がそういう流れになっていく。

堅牢から脆弱へ。

難解から容易へ。

読書から数独へ。

ジョギングからウオーキングへ。

テニスからゲートボールへ。

叶姉妹からきんさんぎんさんへ。

意気揚々から意気消沈へ。

青年は荒野を目指すが老年は目刺しを目指すようになっていくのだ。

 

  多くの作家が、「東海林さだお」の著作の解説で彼を称賛しています。

  「平凡な人間が主人公である漫画は、むしろ日本漫画界の主流であって、べつに変哲もないが、東海林のあたらしさは、主人公がいつもさめた眼で、自分をみつめていることだ。・・・漫画同様、ぼくは彼のエッセイの熱心な読者になった。・・・東海林さだお出現以後、ぼくは、雑文エッセイについて、したりげなことをいわなくなった、いや、いえなくなった」。(野坂昭如

  「東海林さんというのは、長年私の憧れの人であった。・・・私の書く文章というのは少なからず東海林さんの影響をうけている。俗にいう”ヒガミ・ネタミ・ソネミ”という感情の表現方法を、私は東海林さんの漫画やエッセイから自然と学んでいったのかもしれない」。(林真理子

  「東海林氏の文章は抜群に面白く、現代社会と人間に対する痛烈な皮肉と、比類ないユーモアがこめられている。・・・東海林さだお作品世界は類いまれな人間戯画の画才に加えて、観察眼の鋭さがその面白さにしたたかな共感を植えつけるのである」。(森村誠一